コロナ禍におけるポーランド入国情報はコチラ

【7分で分かる】スラヴ人はどんな民族グループ?ポーランド人は西スラヴ人

スラヴ人ってどんな民族?
The following two tabs change content below.
アバター
クラクフ市公認ガイドのカスプシュイック綾香(本名)です。2014年以降、ポーランド在住。ガイド・通訳業の傍ら、旅行や生活に欠かせないポーランド情報をお届け中!
詳細プロフィールはこちら


※コンテンツの無断転載禁止(リンク歓迎)

 

この記事の内容
 ポーランドについて調べると、”スラヴ” というワードがちらほら見られます。日本人がアジア人に属するように、ポーランド人はスラヴ人に属するわけですが、では、スラヴ人とはどのような人々を指すのでしょうか?
 当記事を読めば、スラヴ人の特徴や信仰など基本知識が分かります

.
.

アイコン
この記事の目次
主なスラヴ民族グループは3つ
  主要なスラヴ人グループ
ポーランドの起源、5つの民族
  ポーランド民族の分布
  改宗は国をまとめる手段?

スラヴ神話と多神教信仰
  スラヴ神話の主要な神々
  スラヴ信仰の儀式の特徴

かつて使用された古代スラヴ語
スラヴ人の外見的特徴とは?
この記事のまとめ
ポーランドには自然宗教の時代から季節が6つある|季節の伝統習慣も紹介

.

.

主なスラヴ民族グループは3つ

スラヴ民族

 スラヴ人(英語:slavs)はヨーロッパの東側の広大な領土に居住する民族集団を指し、東欧や中欧に起源を持つ人々を指します

 民族がどこからやって来たかについてはまだハッキリと解明されていませんが、存在が確認できるのは6世紀半ば以降
初期では東にかたまって住み、共通の信仰と文化、慣習を持ち、同じ言語を話しました。

 もともとスラヴ人は小さな集団をつくって暮らしていたので数多くの部族があり、穏やかな農耕民であったと言われます。
部族をまとめる際も血で血を洗う争いより、強い者に付いていくというスタンスでした。

 そして7世紀前後に大規模な移住があり、スラヴ人は西へ南へと広がります。
民族同士でも分裂や戦いを繰り返し、新しい領土をどんどん獲得・統一していきました。
.

主要なスラヴ人グループ

主要なスラヴ人グループ
地理的分類によるスラヴ民族
西スラヴ人 ポーランド人、チェコ人、スロバキア人、ソルブ人/ソルビア人、カシューブ人
中欧を流れるオーデル川(現ポーランド西部)、エルベ川(現ドイツ北部から南東部)、ザーレ川(現ドイツ東部)周辺に定住したスラヴ民族。ソルブ人はドイツ人に、カシューブ人はポーランド人に同化した。中世では神聖ローマ帝国に接していたため、宗教や文化はローマ・カトリックの影響を受けている。
東スラヴ人 ベラルーシ人、ロシア人、ウクライナ人、ルーシ人
ドニエプル川(ロシア西部からからベラルーシを経てウクライナ南部の黒海に流れる)沿いの地域とモスクワ周辺に定住したスラヴ民族。中世ではギリシア正教会のビザンツ帝国の近くにあったため、宗教や文化はギリシア正教会の影響を受けている。
南スラヴ人 ブルガリア人、クロアチア人、モンテネグロ人、セルビア人、スロベニア人など
バルカン半島やペロポネソス半島(現ギリシャ南部)周辺に定住したスラヴ民族。他人種との混血が目立つ。神聖ローマ帝国とビザンツ帝国に挟まれていたため、宗教や文化はローマ・カトリックとギリシア正教会両方の影響を受けている。15世紀にはオスマンに制圧され、西・東スラヴ人より複雑に発展した。
あやか
細かく分けると150近くもの民族グループがあるんだって!でも民族という意識を持っている人はごくごく一部。
夫Piotr
今は世界中に3億人以上のスラヴ人がいて、多くはヨーロッパに住んでるよ。ちなみにポーランドの人口は3,800万人。

 

ポーランドの起源、5つの民族

古城

 10世紀にポーランド公国として統合された地域に住んでいた部族は、ポメラニアン族、ポラン族、マゾヴィアン族、シレジアン族、そしてヴィストラン族の主な5つです。

 中でも、966年のポーランド創始前後に最も有力だったのは、ポズナン周辺のポラン族とクラクフ周辺のヴィストラン族

 10世紀頃のスラヴの土地はキリスト教国家から改宗の圧力を受けており、自然宗教を信仰しているだけで侵略されました。
最初は宣教師が布教のためにやってくるのですが、改宗しない場合は攻撃されたのです。

 そこで立ち上がったのが、10世紀半ばのポラン族首長・ミェシュコ1世
彼は自然の神々への信仰を捨て、ボヘミア公の娘と結婚すると同時に洗礼を受け入れ、自身の領土をローマ・カトリックに改めました。
.

ポーランド民族の分布

ポーランド民族の分布
ポーランド初期の5部族の分類
部族の名前 現在の地方名
ポメラニアン族
Pomorzanieポモジャニェ
ポモージェ地方
グダニスク、シュチェチン
ポラン族
Polanieポラニェ
ヴィエルコポルスカ地方
ポズナン、グニェズノ
マゾヴィアン族
Mazowszeマゾフシェ
マゾフシェ地方
ワルシャワ、ラドム
シレジアン族
Ślężanieシレンジャニェ
シレジア地方
ヴロツワフ、カトヴィツェ
ヴィストラン族
Wiślanieヴィシラニェ
マウォポルスカ地
クラクフ、ルブリン

 これらの主要部族が定住していた地域は、今日のポーランドの領土において分けられる地域とほぼ一致しています。それぞれの地域にある方言や文化はこれら部族の名残と考えていいでしょう。特にシレジア地方では、ポーランド人ではなく “シレジア人” という意識を持つ人もいます。

【信者が徹底解説】キリスト教の最大教派・カトリックってどんな教え?

.

改宗は国をまとめる手段?

 自身もスラヴの自然の神々を信仰していたにも関わらず、潔くカトリックに改宗したミェシュコ1世。拠点のポズナンに教会の司教区を設置し、古い寺院を壊して新しい教会を建て、神々の偶像を捨て、自然宗教の慣習に従う者には厳しい罰を与えました。自然の神々への信仰心が強い民衆からは相当な恨みを買ったのは言うまでもありません。
 
 しかし、彼のこの大きな決断がなかったらポーランドは存在しなかったでしょう。また、ミェシュコにとって改宗は国をまとめる手段だったのも事実。キリスト教徒になることで “部族の長” から “一つの国の長” となれるなら、むしろ有益です。

ポーランドの歴史 10世紀

【10世紀まとめ】ポーランドの歴史|ピャスト朝のはじまり&創始者の改宗

.
.

.
.

スラヴ神話と多神教信仰

神話

 中世以降、スラヴの国々はキリスト教国家となりましたが、キリスト教に改宗する前のスラヴ人は独自の宗教観を持っていました。

 有名なのがスラヴ神話における神々への崇拝すうはいで、スラヴ人が領土を広げる前にそこに住んでいたゲルマン人、バルト人、ケルト人から伝えられた神話に影響を受けています。

 そのさまざまな儀式や慣習の土台にあるのは自然への敬いと恐れの気持ち
神々は幸福、愛、勝利、収穫など恵みを呼びこむ存在としてとらえられ、その好意を受けるために人々が犠牲になることもありました。

 また、古代スラヴでは呪文や自然占いなどキリスト教ではタブーとされているものが盛んに行われていたため、当時のキリスト教徒からするとかなり野蛮に見えたようです。

 そんな、お互い相入れないように見える多神教のスラヴ信仰と一神教のキリスト教ですが、実はうまく融合した部分もあります。

 ポーランドのお盆である “諸聖人の日” やクリスマス、イースターエッグ、イースターマンデーに水を掛け合う風習なんかも自然宗教と融合した習慣の一つなんだとか。
改宗しても、古代のアイデンティティが現代にまで受け継がれているのは面白いですね。

ポーランドのお盆「死者の日 Dzień Zmarłych」

復活祭/イースターにやること徹底紹介

【5分でまるわかり】イースター/復活祭と前後のスケジュールを徹底紹介!


.

スラブ神話の主要な神々

代表的な5つの自然の神々
Swarówスファルグ 西・東スラヴの両方で存在した太陽と火の神。暗闇(冬至)に光を差し込む者であり、古代スラヴ人の間での太陽崇拝は非常に強かった。燃える火の鳥として描かれることが多く、古代エジプト神話のフェニックと似たような存在とも言える。
Perunペルン 10世紀以降は戦士の守護神としてあがめられるようになった雷神。善と悪の戦いの絵でよく登場した。しばしば雄牛の顔を持ち、斧や神聖な木・オークとともに描かれる。一部の神々はペルンの化身ではない考えられるほどポピュラー。
Jaryłoヤレウォ Świętowitシフィエントヴィト という名でも知られ、主または勝利という意味を持つ。4つの頭を持ち、それぞれが世界の4つの方向を向いている。戦いの神でもあり、占い師を通して戦争の結果を知らせることもできた。クラクフ考古学博物館にはシフィエントヴィトの偶像が展示されている。
Welesヴェレス 魔法や冥界みょうかいと密接に関係する豊穣神ほうじょうしん。ペルンに次ぐ2番目の神であり、敵対関係にあると見なされていた。ヨーロッパの神話では対立する神々が頻繁に登場するが、対極的な存在があることによって世界のバランスを保つと考えられていた。
Trygławトリガフ 特にポモージェ地方周辺に住むスラヴ人によって信仰されていた神。部分的に包帯で覆われた3つの頭を持ち、それらは地球、天国、冥界の3つの世界を表す。明確にどのような力を持っていたかはよく分かっていないが戦いや軍に関係があり、いくつかの村では偶像も発見されている。
 スラヴ神話は多神教だけに無数の神々が存在し、資料が少ないために役割が特定されていないものも多くあります。各神に共通するのは、自然や季節、生命の営みなど人間の行動を見守る立場であること。また、神々にはそれぞれレベルがあり、主要の神々と従属関係があったと考えられています。

.

スラヴ信仰の儀式の特徴

 古代スラヴ人は、神々の意思によって世界や人々の運命が決まると信じていました。また占いを通して神々の考えを予測し、祈りと贈り物を捧げる儀式を行うことで神に応えられると考えていたようです。贈り物は、鳥の羽から戦利品などさまざまで、稀に人を捧げることもありました。儀式には必ず指導者や魔術師が参加し、神聖を意味する火を焚き、一体感を強めるために輪を作りました。

.
.

.
.

かつて使用された古代スラヴ語

古い本

 古代スラヴ語とは、9世紀後半から11世紀末にかけて使用されていた言語。
意思の疎通のためというより、あくまで “書き言葉” として使われていたのが特徴です。

 それ以前のスラヴ人は文字を持っておらず、共通スラヴ語を話していました。
文字がなければ資料もないわけで、それ故にスラヴ人の起源を紐解くのは難しいのです。

 古代スラヴ語が作られた目的はキリスト教の布教にあり、なんと、当時では日常的に使用されることはありませんでした。
これが一つの立派な言語であったなら、たった数百年で消えることはなかったでしょう。

 また、広範囲に定住するスラヴ人が一つの言語を用いるのは現実的に難しいこと。
そこで、各民族が話す方言や発音に対応しながら古代スラヴ語は姿を変えていきました

 神聖ローマ帝国(西方教会)からローマ・カトリックへと改宗した西スラヴ人はラテン文字を、ビザンツ帝国(東方教会)から正教会に改宗した東・南スラヴ人はキリル文字を用いて各言語を発展させていったのです。
ポーランド語が馴染みやすいラテン文字でよかったと思う
.

あやか
ポーランド語には7つの格、3つの性、アスペクトと言われる動詞があるけど、それも古代スラヴ語文法の名残だよ。
夫Piotr
だから、ロシア語もチェコ語もポーランド語と重なる文法で、地理的に近ければ近いほど文法も単語も似てるんだ。
ポーランド語の基本知識

ポーランド語は超難解言語ではありません!まず知っておきたい5つの特徴

ポーランド語豆知識6つ

ポーランド語の面白豆知識6つ|別の視点から見てみると学習が捗るかも?

 

スラヴ人の外見的特徴とは?

女性の顔

 ヨーロッパは混血が進んでいるので純粋なスラヴ人は年々減ってきています。
あいにく、外見の特徴をズラッと並べたところで当てはまらないケースが多いでしょう

 私の夫きょうだい5人を見ても、やはり、みんな髪や瞳の色が異なります。
たとえば、夫はダークブラウンの髪×グレーの瞳で、兄・弟はもっと髪色が暗くて(ブルネット)瞳も茶色、姉や妹はダークブロンド

 一般的にポーランド人と言うとブロンドを想像する人も多いですが、実際はダークブロンドとブラウンが圧倒的な割合を占め、アジア人並みの黒髪を持つ人もいるのです。
髪質はやわらかく、クセは強くありません。

スラヴ人の外見的特徴

 上のサンプルで言うと、ポーランド人は東北欧〜バルトタイプ、ロシア人やウクライナ人は東バルトタイプ、ブルガリア人と旧ユーゴスラビアの人々はポントスタイプ。

 東バルトタイプはアジア系民族の遺伝子を含み、ややのっぺりした顔立ちになります。

 ちなみにポーランドでもロシア人女性は美人だと言いますが、男性は……だそう。
全体的にスラヴ人女性はどの国の人からも美人と称賛されますが、男性は差があります。

 私の住むポーランド南西部ではバルトタイプが圧倒的に多く見られますが、西〜南西部は現ウクライナ西部からの移住者も多いので東バルトタイプも珍しくありません。
北に行けば行くほど色素は薄くなっていき、スカンジナビア系の顔立ちの人が増えます。
.

あやか
ポーランドには戦前までユダヤ人がたくさん住んでいたから、なんとなく中東的な顔立ちのユダヤ系っぽい人もいるよ。
夫Piotr
ユダヤ系=中東系ってわけではないけど、一般的なポーランド人よりは髪の色も暗くて、どことなくエキゾチックだよね。

旧約聖書とユダヤ/キリスト/イスラムを簡単に解説

.
.
.

この記事のまとめ
アイコン スラヴ人は主に西スラヴ人/東スラヴ人/南スラヴ人の3グループに分けることができ、もともとは東ヨーロッパ(現在のロシア〜ウクライナ周辺)に住んでいました。そして、より良い土地を求めて西へ南へと移動し、10世紀になると神聖ローマ帝国やビザンツ帝国の影響を受け、やがて国家や個々の言語を形成するようになったのです。ポーランド人の場合は西スラヴ人グループに分けられ、10世紀半ばにローマ・カトリックへと改宗すると同時にポーランド王国として独立しました。
 
 現代では他民族の影響を受け、各地域のスラブ人に大きな差があるようにも見えます。しかし言語一つにしても似た文法構造と共通の語源を持つ単語があり、ところどころでスラヴの名残があります。19世紀にははんスラヴ主義というスラヴ民族の統一を目指す運動も盛んになりました。また、スラヴの伝統とうまく融合した教会の祝日や季節ごとの習慣もあります。ポーランドは2016年で洗礼1050周年を迎えしましたが、まだこうしてスラヴの精神が受け継がれているのは興味深いですね

ポーランドには伝統的に6つの季節がある

ポーランドには自然宗教の時代から季節が6つある|季節の伝統習慣も紹介

洗礼から1050年|古きカトリック信仰に見る中世ポーランドの歴史物語

 

ひと言応援メッセージ送信&投げ銭できます (^ ^)   ポーランドなびを応援する
あやか
この記事がお役に立ったら、Facebookページをフォローしていただけると嬉しいです!
Facebookページをフォローしよう

Digiprove sealCopyright secured by Digiprove © 2021

こちらの記事もおすすめです



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です