ウクライナ避難民支援 MOST

MOSTが支援した避難民の数
2023月3日1日現在、132人
(うち、PJとJSUS連携による支援は111人)

▲ミュンヘン日本人学校での講演で使用した資料

任意団体 MOSTモスト Ukraine to Japan

代表       Ayaka Kasprzyk
メンバー  Piotr Kasprzyk(ポーランド側)、Kornel Haduch(ポーランド側)、外口様、大貫様、片桐様、圓乘様、高橋様

 英語のmost(多くの)とポーランド語のmost(橋)を掛けて、「多くのウクライナ人が日本へ渡るための架け橋になりたい」という願いを込め、”MOST Ukraine to Japan” と名付けました。
 日本の支援団体とも連携し、ポーランドを経由して日本へ退避したいウクライナ避難民を全面的にサポートしています。基本的にはもとより日本に関心のある避難民が対象となり、直接の面談を通してビザ申請から航空券購入、日本での受け入れ先の選定まで一連の手助けを行ないます。個人でやっている活動だからこそ個人の気持ちに寄り添い、金銭面はもちろん心的なサポートも可能な限り行います。また、この支援を通して日本の未来、難民受け入れに対する考え方、外国人との共生社会の在り方が変わっていくものだと信じています。
 
 私たちは日本へ退避する避難民への支援のほか、ウクライナ国境に近い街(ルブリン)にある団体を通して食糧や衣類、カイロなどの物資を送っています。駐日ポーランド大使館の情報によると、2023年3月現在、ウクライナ人口のおよそ40%(1,760万人)が十分な食料を得られず、また同様に人口のおよそ40%が人道的支援と保護を必要としています
 
Twitter…@Ayaka_Kasprzyk
◆Facebook…Ayaka Kasprzyk
◆運営ブログ… ポーランドなび witam

 
簡易プロフィール

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募金ステップの説明 活動経費報告
 避難民の滞在費用、交通費、備品、日本への航空券代金を寄付金より負担しています。日本円で寄付金を集めても現地通貨に替える必要があるため、ポーランドのクラウドファンディングを利用しています。クレジットカードでかんたんに寄付できますので、ご協力のほどよろしくお願いします。
 
 これまで総額200万円以上の寄付金を日本の皆さまからいただいております!また、会社として寄付してくださったビタブリッドジャパン様にも心より感謝申し上げます。皆さまからいただいた寄付金は避難民支援のほか、ウクライナへの直接支援(主に食糧や衣類の提供)にも使っています。

 

支援した/支援中の避難民 計23人
※他団体との連携を含めない個人的な支援

2022年 計19名
1 レナ【4/15 渡航済】
2 ルスラン夫妻 2人【4/8 渡航済】
3 ズラタ【4/8 渡航済】
4 ダリナ 3人家族【9/17 渡航済】
5 カミル【保留】
6 オレナ 4人家族【6/18 渡航済】
7 アナスタシア【5/20 渡航済】
8 アレクサンデル【11/11 渡航済】
9 アンドレイ【11/8 渡航済】
10 ユリア親子 2人【12/20 渡航済】
11 ミハイロ【渡航済】
12 避難民6の夫 キリル【11/2 渡航済】
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2023年
13 ダニエロと母 2人【2/7 渡航済】
14 カテリーナ夫妻 2人【2/7 渡航済】

支援してほしい避難民がいる方へ

 私たちは、まだ日本に渡航していない【日本退避を希望するウクライナ人避難民】を支援しています。もしそのような避難民をご存知であり、MOSTに支援してほしいという方は以下のリンクからお問い合わせください。身元保証人がいらっしゃらない場合、紹介することも可能かもしれません。

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オレナ4人家族

MOST の詳しい活動経緯

2022年2月24日ー
この日、隣国で戦争が勃発しました。そしてあっという間に100万人以上もの避難民がポーランドに押し寄せたとき、自分には何が出来るか考えました。避難民の多くが子どもを連れた女性であり、幼い娘を持つ私には他人事と思えなかったのです。
さらに2013年、国際政治や紛争問題に関心を持ち始めた私は数週間かけて旧ユーゴスラビア諸国を訪れ、ユーゴスラビア紛争の爪痕を見てきました。戦後10年以上と経っても爆撃の跡がまだ残り、道路には瓦礫が積み上げられ、窓が割れた建物に住む人々もいました。衝撃を受けつつ、学生で旅行者だった自分には何も出来なかったー でも、今は出来ると思いました。
 
2022年3月16日ー
日本政府がウクライナ避難民の受け入れを表明したこともあり、この日、FBの支援グループで「日本人として、日本に関心のあるウクライナ避難民を日本に退避させるための支援を行なう」と表明しました。(あとあと翻弄するものの)避難民を受け入れると宣言した日本の迅速な対応には素直に感銘を受け、思い立ったが吉日と言わんばかりに書き込んだのです。
すると、2,415件のリアクション、542件ものシェアがあり、手探りの支援活動が始まりました。幸いにも活動を始めて間もなく、テレビ朝日のANNニュースで放送されたことで身元保証人・空室提供の申し出を多く受け、寄付金も集まりました。その後、テレビ大阪「やさしいニュース」、NHK東海ニュース、NHK「日曜討論」に出演して支援の必要性を訴えました。
 
2022年4月18日ー
この頃はまだ任意団体すら掲げておらず、どのように “必ずいるはずの” 日本へ退避したい避難民を見つけていくかが課題でした。そして支援活動を始めて1ヶ月ほど経った頃、ウクライナ学生支援会(JSUS)に連携の提案を申し出ました。
JSUSは日本語学校の有志グループであり、過去にシリア難民を受け入れたパスウェイズジャパン(PJ)とも連携し、日本に避難したウクライナ避難民に対して日本語・高等教育の無料提供を行っています。3月末時点で300件以上もの問い合わせがあったそうで、当初は、支援会が対応しきれなかった避難民を私たちのほうで救うことができればと思って問い合わせました。間もなくJSUSとPJとの連携が始まり、ポーランドを経由して日本へ退避する若い避難民を支援することになりました。
 
パスウェイズジャパン(PJ)
ウクライナ学生支援会(JSUS)

 
2022年12月20日ー
2022年はMOSTのサポーターと共に127人もの避難民を日本へ送るための支援を行いました。「何十人、何百人もの人は救えないけど、目の前にいる人を救うことができれば…」、5月頃まではこう思っていたのですが、まさか自分が中心となってこんなにも多くの人々を支援できるとは。
日本では千葉県在住の片桐さんが中心となって、日本に退避した避難民のサポートやケアもできる限り行なっています。2023年もウクライナ支援を継続します。

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日本へ発つ避難民

なぜ日本へ送る必要があるの?

 ウクライナと日本は、文化も環境も言語もまったく違う国。わざわざ日本へ送らなくても、隣国であるポーランドにいるほうがいいのでは?と思う人もいるでしょう。しかし、ポーランドへ退避した避難民は一時300万人を超え、今でも多くの避難民が何百台ものベッドがある避難所で過ごしています。現在のウクライナを見ると、戦後すぐに母国へ戻ることができる人たちはごく一部ではないでしょうか。何年にも及ぶであろう長期的な支援が必要であり、それを隣国が負担するには限界があります。
 
 そしてもし、その避難民の中に ”日本にはもともと関心があり、ぜひ日本へ(一時)退避したい” という人がいるのであれば、日本人として精いっぱい支援してあげたいー 私は単純に、その思いだけで活動してきました。日本へ退避した避難民は少しずつ日本で生きていくための力を身につけ、周りの人々に支えられて自立を目指しています。少なくとも、私が日本へ送った避難民の中で「日本へ来たものの、何もやることがない」というような人はいません。困難がないと言えば嘘になりますが、もとより関心のある日本へ来たことを後悔している人はいないと思います。
 
 ウクライナの国境は日々変わり、何百万にもの人々が大切な家族と離れ離れになっています。そして学校、仕事、日常を失い、ただ生きるために母国を去りました。戦争が勃発して数ヶ月と経ち、日本人の多くはウクライナの兵士が命を懸けてロシアと戦い、将来への大きな不安と恐怖を抱えながら女性や子どもたちが国外へ退避していることを忘れかけていませんか?
人を傷つけるのが人である一方、心をもって人を救えるのもまた人です。戦争を止められなくても一人の人間を救うことは誰にでもできると思います。この MOST Ukraine to Japan の支援活動に賛同していただける方はぜひ、ご支援とご協力のほどよろしくお願いいたします。

 

募金ステップの分かりやすい説明

募金ステップ1
募金ステップ2
募金ステップ3
募金ステップ4
募金ステップ7
募金ステップ5
募金ステップ6

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MOSTが支援した人たちの詳細

※編集中

★避難民1 レナ【4/15 渡航済】
日本語を学び始めたときに戦争が勃発し、家族をハルキウに残してポーランドへ退避。終始ロシア語でのやり取りだったため苦労したが、約1ヶ月間、クラクフで何度も会って支援してきた。本人が希望した大阪の学校の受け入れ先がなかなか見つからず、出発4日前に二転三転あり急遽、群馬県前橋市へ。私に対して避難民支援を申し出てくださった2組の方に協力を得て群馬の家庭に送る。今後は前橋市の日本語学校に半年間通い、自立を目指す。

★避難民2 ルスラン夫妻 2人【4/8 渡航済】
キエフで日本語を学んだこともあり、学生の頃から日本への関心が強かったという夫妻。何十日にも及ぶ地下シェルターでの生活を経てポーランドへ退避し、ワルシャワでの滞在先の手配、ビザ申請から航空購入などポーランド滞在中の支援をすべて行なった。日本への退避後はキエフでルスラン夫妻に日本語を教えていた夫妻が身元保証人として支援しており、現在は愛知県で暮らしている。※30代夫婦だが夫は持病があるため60歳以下でも出国できた。

★避難民3 ズラタ【4/8 渡航済】
ドニプロ出身の16歳の避難民。国境まで母親とともに退避するが、母親はドニプロへ戻る。日本語が堪能であり、もともと自立したいと思っていたことから日本への退避を決意。母親の貯金と自身の奨学金から購入した日本への航空券があまりにも高額だったためキャンセルし、支援金で買い直した。返金された航空券代は日本での生活費に当てているとのこと。また私に対して避難民支援を申し出てくださった行政書士の方に物件を提供していただき、現在は一人暮らししながら横浜の学校に通っている。

★避難民4 ダリナ親子 2人【対応中】
キーウ近郊から母親と息子の3人でクラクフへ退避した避難民親子。夫とは日本語のコースで出会ったというほど夫婦ともに日本に関心があり、日本へ旅行した経験もある。何度もクラクフで会っており、一旦、ダリナの往復航空券のみを購入して現在は東京滞在中。一度目の滞在期間中に仕事や住居の目処をつけ、7〜8月に息子を連れて日本へ戻ってくる予定。MOSTの日本メンバーが雇用を検討。

★PJ/JSUSとの連携ではワルシャワでの滞在先手配、ビザ申請書類作成、COVID陰性証明取得、ポーランドへの移動〜滞在中の全面サポート、ワルシャワのサポーターに協力を得ながら空港への見送りなど。

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