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最終更新日:2017年3月28日
第3回は、小人だらけのヴロツワフ
初めてヴロツワフに訪れたのは去年でしたが、移住前の3回ものポーランド旅行でこの街をすっかり見落としてしまっていたことに後悔しました。
それくらい素敵な雰囲気を持つ場所で、まるでおとぎ話の世界のようです。
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このページの目次
1. ヴロツワフの位置
2. ヴロツワフの歴史
3. どんな街?
4. 市内の交通・料金
5.市内へのアクセス
6. 主な観光スポット
7. ヴロツワフの関連記事
ヴロツワフの位置
ヴロツワフ/Wrocław は南ポーランド西部に位置するドルヌィ・シロンスク県/Województwo dolnośląskie の県都。
ワルシャワの西約300キロに位置し、ヴロツワフを訪れる観光客の多くは同時に比較的近い都市であるポズナン(北に約145キロ)にも訪れます。
ドルヌィ・シロンスク県はドイツとチェコの国境に面しているので、国際列車や国際バスなどが多く特にドイツの各都市へアクセスしやすいのも特徴です。
ヴロツワフの歴史
ヴロツワフの起源となった街、ブドリグム(Budorigum)は、142〜47年に描かれた地図に見ることができます。
実際にこの街が栄えてきたのは6世紀頃といわれていますが、琥珀を運ぶルートとして、またヴィア・レギア(2000年以上の歴史を持つ東西ヨーロッパを結ぶ交易路)のルートとしてその数百年前から開拓されていました。
またヴロツワフを含む周辺の領土は、第二次世界大戦後にポーランドが所有するまでは安定しておらず、時代によってさまざまな国に所有されています。
ポーランド王国が最初にヴロツワフを領土としたのは985年〜1138年の間。ポーランド王国創始者のミェシュコ1世によって、シレジア地方全体(ヴロツワフを含む)が治められました。
その後はボヘミア公国の領土となりますが、次はハプスブルグ家、プロイセン、ドイツ…と、これら所有国の移り変わりは10世紀から第二次世界大戦の間に10回以上も繰り返されてきました。
所有年数が何百年と続いた時代もあればほんの数十年で終わった時代もあり、このこともあって現在のヴロツワフは他の都市では見られないユニークさを特徴に持ちます。それはまるで周辺の国々の景観を一気に凝縮したようなイメージ。
当時の人々はこの移り変わりに非常に苦労を強いられたと思いますが、皮肉なことに今ではそれがヴロツワフの最大の魅力となってしまいました。
ヴロツワフの長い歴史の中でポーランドが所有していたのは現代も合わせると約400年間。たとえ違う国々に長い間所有されてきたといえど、街のシンボルともいえる洗礼者ヨハネ大聖堂はまさしくポーランドの中世そのものの姿です。
どんな街?
ヴロツワフはとてもカラフルでじっとしていても楽しくなるような風景、そしてなんといっても壁の装飾や外見が特徴的な建築物が多くおもしろい街です。
巨大な中央広場にある多くの建物がそれぞれの特徴を持っているので、特にユニークなものを見つけてしまうとついつい写真におさめたくなります。
下の写真は、私がヴロツワフの中央広場で撮影したもの。元写真サイズの関係で全体がうまく写っていませんが、百聞は一見に如かず。まずはご覧ください。
もう1つのヴロツワフの変わった一面といえば、街角に突如現れる小人たちです。その数はなんと250体以上にまでのぼり、観光客の記念撮影に大人気。
第1号が街に現れたのは2001年でしたが、約2年経った後に第2号、第3号…と小人が続々設置されました。観光アトラクションとして市が積極的に設置を促しており、今ではその土地のオーナーであれば自由に設置できます。
実は小人博物館もあるのですが、この博物館だけは小人しか入れないため私たちは訪れることができません(笑)。
1つ1つの小人には名前があり、職業や役割、伝説などを持っています。
ある小人は身体が不自由なため車いすに乗っていたり、ポーランド名物のピエロギを食べていたり、ベッドで寝ていたりとそのリアルな設定にはビックリ。ついしゃがんで観察したくなります。
しかも噂によると40体の小人は成長しているんだとか。この小人たちを写真にすべておさめようとする熱心なファンもいますが、年々増える小人をおさめきるのは容易いことではありません。
また残念なことに盗まれる小人もいるので、小人の数は市も管理できないといいます。とはいっても、一般的な観光客は数十体を見つけるのがやっとでしょう。
市内の交通・料金
ヴロツワフの公共交通機関は主にトラムとバスになります。
市街地にある多くの観光スポットは徒歩で移動できますが、ごく一部のスポットはトラムを利用することになるでしょう。バスは観光ではあまり使いません。
有効時間 | 料金(PLN) |
30分間有効 | 3/深夜3.20 |
60分間有効 | 4.40 |
90分間有効 | 6 |
24時間有効 | 11 |
48時間有効 | 20 |
72時間有効 | 26 |
※2017年3月現在
※バスとトラムのチケットは共通
市内へのアクセス
空港:市街から約10キロ離れた場所にヴロツワフ・コペルニクス空港があります。ポーランド航空、ルフトハンザ航空、スカンジナビア航空、格安航空会社 Wizz Air と Ryanair が就航。2017年現在ワルシャワからは毎日9便。
空港から市街までは106番、206番(深夜運行)の市バスが便利です。
列車:ワルシャワからの直行列車は国内最速列車EIPを利用して最短3時間47分、クラクフからはIC利用で最短3時間15分となります。また2017年3月現在、クラクフ〜ヴロツワフ間のEIP/EICの運行はありません。
バス:長距離移動は列車の利用が一般的ですが、中距離であればバスの利用もおすすめです。例えばポルスキバスを利用した場合、クラクフまたはポズナニからヴロツワフへの所要時間はそれぞれ3時間10分〜30分となり、列車を利用するよりも安くなります。
※2016年2月現在
主な観光スポット
中央駅から旧市街へはもちろんトラムも利用できますが、20分程度なのでぜひ地図を片手に歩いてみてください。
ヴロツワフにはこれといったメインストリートはありませんが、ヴロツワフ大学から中央広場に伸びるヴィエンジェンナ通り/Ulica Więzienna はおすすめです。
この狭い通りには人気のカフェやお手頃な価格のレストランが建ち並び、日々学生たちで賑わっています。
◆中央広場(rynek)
1214年〜32年に建設されたそうですが、黄色や緑、赤…とたくさんの色で鮮やかに彩られた建物を見ているとモダンさすら感じられます。広場の特徴は大きく東側と西側に分けることができるのですが、西側にあるドイツが建てたという、背の高い味気ない建物が景観を損ねていると問題になっているそうです。
◆聖エリザベス教会
(Kościół Św. Elżbiety)HP
中央広場に最も近い大きな教会。今では立派なカトリック教会ですが、ヴロツワフがオーストリア/ドイツ領だった関係で1525年〜1946年の間はプロテスタント教会でした。階段を使って塔にのぼることができるのですが、その高さは90メートル。かなり疲れますが、塔のてっぺんから見るヴロツワフ一面の風景は必ず写真におさめるべきでしょう。
◆パノラマラツワヴィツカ博物館
(Panorama Racławicka)HP
1794年にポーランドで起こったロシアに対する武装蜂起、ラツワヴィツカの戦いのようすを描いたパノラマが展示してある博物館。ロシア軍vsコシチュシコ将軍率いる農民兵の壮絶なる戦いの一部始終を、日本語オーディオガイドで聞くことができます。とても人気の博物館で予約なしでは入場できないこともしばしば。シーズン中は予約(ネットまたは現地で可)してから行きましょう。
◆洗礼者ヨハネ大聖堂
(Archikatedra św. Jana Chrzciciela)
大聖堂島(Ostrów Tumski:オストルフ ツムスキ)にある10世紀に建設された、ヴロツワフのシンボルともいえる教会。記事の上から2番目にある写真と、この項目上部にある写真(オドラ川を挟んで撮影したもの)がその大聖堂です。第二次世界大戦ではソビエト軍によって70%の破壊を受けましたが、長い期間を経て修復されました。その残骸の一部は国立博物館で見ることができます。
◆百年記念ホール
(Hala Stulecia/Hala Ludowa)HP
20世紀に建設された、鉄筋コンクリートの建築物。現代建築の最高傑作に値するということで世界遺産に認定されています。ライプツィヒの戦い百周年を記念して建てられたものですが、現在では多目的ホールとして使われています。近くには日本庭園もありますが、その残念な出来映えは一見の価値あり。笑
◆ヴロツワフ動物園(Ogród
Zoologiczny we Wrocławiu)HP
7000種類の動物が見学できる、ポーランドで1番人気の動物園。国内一の古い動物園(1865年開園)でもあります。ポーランド人に「ヴロツワフへ行く」と言うとほとんどの人がここを推すくらいなので、滞在時間に余裕のある方はぜひ足を運んでみてください。ちなみに園内の Brama Japońska(ブラマ・ヤポニスカ:日本の門)はポーランドにある、日本に関わる建造物三大ガッカリのうちの1つに入るでしょう…。
ヴロツワフの関連記事
ヴロツワフについては以下の関連記事もぜひご覧ください。
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