バブチャ、ありがとう!また天国で会いましょう



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いきなりですが、まずこの動画をご覧ください。素敵な老夫婦、私の義理の祖父母です。フェイスブックで写真が拡散された時はシェア合計300件以上、イイネは2500件を突破しました。

動画を試聴する

 

記事タイトルからも明らかだとは思いますが、先日、夫の父方のバブチャ(ポーランド語で「祖母」)が亡くなりました。動画のおばあちゃんの方です。

生まれて初めて親しい身内が亡くなったことを経験し、ショックでした。

バブチャは出会った時からいつもニッコリ。視線を感じるな…と、ふとバブチャの方を見ると、やっぱりニコニコしながら私の目を見てる。視線に気付いて互いに目が合えばウィンクをしてくれて、本当にすごく愛らしい人でした。

実は、面と向かって長く話したことはないのですが、よく夫に「妻(私)に何の話か訳してあげなさい」と言うので、夫はいつも「もう綾香はポーランド語が話せるよ!」と誇らしげに言ったり。

そうやって、よく笑いました。

最後にバブチャに会ったのは、12月4日。いつものように、バブチャとジャデック(祖父)が来るとハグや握手をして挨拶。私が近くに来ると「ここに座りなさい」と言ってくれたことも、「妻(私)の言うことを聞きなさい」と夫に言っていたこともよく覚えています。

 

それから約2週間が経った頃。

バブチャが緊急手術を要するほどに体調が悪くなりました。前からよく病気にはなっていてパーキンソンも患っていたそう。そういった話を一切聞いていなかったので、今さら「だから、ぎこちない歩き方だったのか」と気付きました。

問題の手術は、無事に成功。しかし、その夜に息を引き取りました。
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Wczoraj w nocy, babcia umarła.
(バブチャは昨晩亡くなったよ)

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そう夫が言うも、当然すぐには理解できません。バブチャは86歳、ポーランド人の平均寿命からしても長生きをしました。でも、別れは突然すぎました。

 

さて、その知らせの次に驚いたのは、じめじめした空気がないこと。

ふつう、親しい身内が亡くなれば家族は悲しみに暮れ、数日間は食欲をなくすという人も珍しくないでしょう。亡くなった人との思い出がフラッシュバックしては、涙がこぼれたりするものだと思います。仕事なんて手に付かないはず。

しかし、息子であるお父さんはその日はいつものように出勤しました。

さすがに、お葬式に向けて色々と準備があるので翌日からお葬式まで休暇を取ったようですが。夫もいつも通り出勤、悲しそうな顔はするも涙は流しません。

2日後に実家に行った時、みんな何もなかったかのようにいつも通りでした。

しばらくするとバブチャの話になりましたが、暗い雰囲気はありません。

 

なぜかというと、みんな天国で会えることを信じているから。いや、絶対会えるから。むしろ、バブチャは幸せだっただろうねという話をしていました。

バブチャは眠っている時、苦しむようすもなく静かに息を引き取りました。

生前はジャデックと2人で仲良く暮らし、たくさんの孫とひい孫に囲まれ、今年は結婚65周年を大勢の家族と祝い(動画の写真はその記念に撮影されたもの)、それはそれは幸せな人生だったと思います。本当に理想の老後です。

 

バブチャが亡くなったのはクリスマスの前だったので、すぐにお葬式はできませんでした。24日・25日・26日はクリスマスに祝日で3連休。教会はフル回転ですが、めでたい日なのでお葬式はありません。なので、お葬式は27日。

 

そこで26日の夜、眠っているバブチャに家族みんなで会いに行きました。

会う直前まではみんな特に悲しそうな顔はせず、久々の親戚との再会もあって笑顔まで見せていました。でも、生前の綺麗な服を着て横たわるバブチャを見た瞬間、空気は一瞬にして変わりました。

顔はお化粧をしているためか今すぐにでも目が覚めそうに見えましたが、手の色が生きた人間の色ではなく「死」と直面せざるをえませんでした。

あんなに寡黙なジャデックが泣きながら「もうすぐまた会えるからね、楽になったね」と声をかけ、主の祈りを唱え始めるとだんだん涙声が聞こえてきました。

最後に、夫と一緒に冷たくなったバブチャの手に触れ、Do zobaczenia(また会いましょう)と涙をこらえながら挨拶。

 

キリスト教は、神の国、つまり唯一絶対の神を信じることによって死後、天国に行くことを信じる宗教です。

ひょっとすると、無宗教の人や他宗教、無神論者からすると「おめでたい考えだな」と思うのかもしれません。

でも私たちは疑いもなく、信じています。バブチャのお葬式や家族のようすを見て、そんなキリスト教の深い信仰心を身にもって感じることができました。

なぜキリスト教徒はイエスを信じるのか 前編

2015.10.30

宗教を信仰する理由、キリスト教のいう死後

2015.10.29

 

私は、改めて自分がカトリックであることに心から感謝しました。天国に行けるからというより、死に対して恐怖を抱かずに揺るぎないもの(神)を信じて生きることは素晴らしいことだからです。

もし、カトリックの教義を笑う者がいれば笑えばいい。でも、彼らの信仰心や教義がどれだけ美しいものか知った私は、それだけでもポーランドでこの家族に出会えたことに感謝しています。

お葬式も綺麗で、泣くなんてとんでもない。むしろ、天国に行ったバブチャに対して「もう安心だね、今までありがとう」といった気持ちでいっぱいでした。

墓地で棺を入れる儀式の時も、美しい聖歌に耳を澄ましながら、バブチャがこんなにも多くの人に愛されていることを知って幸せな気持ちになったほど。

ザッと数えて、教会には150人はいたかもしれません。近所の人から遠くに住む人まで多くの人が駆けつけました。

もちろん、一時の別れは辛いです。

でも、天国でまた必ず会えるのだから、まるで永遠の別れかのように泣き叫ぶ必要はありません。いつまでも悲しみに打ちひしがれることはありません。

バブチャは天国で私たちを待っているから。いつものようにニコニコしながら。

アーメン。
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今日のポーランド語

pogrzeb

pogrzeb(ポグジェブ)は「お葬式」という意味です。

国民の過半数以上が敬虔なカトリックを占めるポーランドでは、お葬式はやはりカトリック教会。お葬式は通常平日に行われ、特に遠方に住む人達が多く参列した場合には、レストランや会場を借りてお食事をすることもあります。じめじめした空気がないとは言え、アルコールは出されません。

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
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