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ポーランドがドイツに約183兆円の賠償金を請求、その“戦後の問い直し”とは?

戦後の損害賠償
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クラクフ市公認観光ガイドの綾香です。旅行や生活に欠かせないポーランド情報を発信中! 2025年、東アフリカ・ルワンダでの教育支援に向けて【財団法人MOST】を設立。興味のある方はご連絡ください
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 前の記事では、第二次世界大戦中のドイツの戦争犯罪とその責任について取り上げましたが、実は2022年、ポーランドはドイツに対して約183兆円に及ぶ戦後賠償を要求しています。
この状況に至った経緯を、歴史的背景から現代の政治的動向までを含めてまとめてみました

うちの夫
実際に賠償してもらえなくても、話題になること自体に意味がある。
あやか
最終的にはお金でしか解決できないと思うと、やるせないな。

 当記事は、加害と被害という二項対立を煽るものではなく、むしろ、戦争の記憶を多角的に捉えるための一つの視点です。ドイツという国家の過去に目を向けることは、私たち自身を含め、他の国々の歴史と向き合うことにも繋がると信じています。

アウシュヴィッツ
ドイツの戦争責任
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第二次世界大戦後の賠償問題の背景

 第二次世界大戦中、ポーランドはドイツによる侵略と占領によって、およそ600万人の国民が命を落とし(当時の全人口の17〜20%)、首都ワルシャワをはじめ多くの都市が徹底的に破壊されました。うち民間人は約500万人と言われており、この事実だけでもポーランドがどれほど悲惨な戦地となったかが分かります。被害はドイツからだけではなく、東側から侵攻したソ連も、ポーランド人の将校や知識人およそ2万2千人を秘密裏に処刑(カティンの森事件)したり虐殺に加担しました。
 戦後、ポーランドはソ連の強い影響下に置かれ、自由な外交判断ができない中で、1953年に東ドイツへの戦後賠償を放棄するという声明を出しています。これは事実上、ソ連に言われて従わされたものでしたが、その一方でソ連自身はポーランドに対して、加害の責任を認めたり補償をしたりすることはありませんでした。こうした事情から、今でもポーランド国内では「あのときの賠償放棄が本当に正当だったのか?」と疑問視する声が残っています。

戦後の損害賠償

1. 政府による賠償請求のタイムライン

1945年5月8日
第二次世界大戦終結、ドイツの降伏

ドイツが無条件降伏し、ポーランドは形式上は解放されたものの、この戦争によって約600万人の国民が命を落とし、首都ワルシャワをはじめとする都市はほぼ壊滅状態となった。さらに、ドイツとソ連による二重占領の影響により、人的・物的の両面で甚大な被害を受けている。

1945年11月20日〜1946年10月1日
ニュルンベルク裁判

平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪で、ドイツの主要戦犯が国際法で裁かれた。ナチスの指導者24人が起訴、21人が出廷。アメリカやイギリス、ソ連など連合国が共同で実施した。ただし、特定の国への賠償は裁判では明記されず、ポーランドへの補償も個別には決められなかった。

1953年8月23日
東ドイツに対する賠償請求を放棄

ポーランドの共産主義政権は、東ドイツとの友好関係強化の名目のもと、対東ドイツへの賠償請求権を放棄したと表明。ただし、この決定はソ連の強い影響下でなされた政治的判断であり、後年ポーランド側は「全ドイツに対する賠償放棄ではない」と主張する根拠となっている。

1990年9月12日
2プラス4条約(独再統一の枠組み)

冷戦終結を背景に、旧連合国と統一ドイツにより「2プラス4条約」が調印される。ドイツはこの条約をもって、第二次世界大戦に関する賠償問題は法的に終結したとの立場を採る。ポーランドも条約自体には異議を唱えなかったが、当時の冷戦終結に伴う東側諸国の政治的不安定さや、現実的・戦略的な判断が背景にあった。この条約では賠償に関する明示的な合意がなかったため、後に「請求権は残っている」との主張の根拠となる。

2017年夏頃
戦後賠償の請求を正式に再検討

2004年にポーランドがEUに加盟し、ドイツとの経済的・政治的協力は深まり、表面的には友好関係が進展した。しかし2017年、ポーランドの与党:法と正義(PiS)が、ドイツに対する第二次大戦の賠償請求を再検討する方針を発表。ポーランド議会は、戦争被害の再評価と法的根拠の調査に着手し、数年後の公式報告書提出につながる。

2022年9月1日
公式報告書の発表

ポーランド政府が、ドイツによる占領期間中の被害を詳細に記録した3巻からなる報告書を発表。報告書では、ポーランドの戦争被害総額を約6兆2,000億ズロチ(約183兆円)と算出。PiS党首ヤロスワフ・カチンスキ氏は、ドイツに対する正式な賠償請求の意向を表明した。

2022年10月3日
公式賠償交渉の開始を要請

ポーランド外相ズビグニェフ・ラウ氏が、ドイツ政府に対して公式な外交文書を提出し、賠償交渉の開始を要請。文書では、戦争中の被害に対する賠償、略奪された美術品や文化財の返還、ドイツ国内での歴史教育の強化など、記憶と歴史認識の是正も含めた包括的な姿勢を求めている。

2022年12月28日
ドイツ政府「交渉の余地なし」

ドイツ政府は、この賠償請求に対し、「賠償問題は法的・政治的に解決済みであり、交渉の余地はない」と回答。これに対し、ポーランド政府は「ドイツの解釈には根拠がなく、ポーランド国民の被害は正当に補償されていない」として、国際社会への訴えを強める方針を示した。

2023年以降
国際的な動きと国内の変化

ポーランド政府は、国連を含む国際機関に対して、ドイツとの賠償問題の解決を求める働きかけを開始。しかし2023年のポーランド総選挙で政権交代が起こり、新政権:市民連合(KO)は賠償問題に対するアプローチを見直し、現政権ではドイツとの関係改善を模索する姿勢を示している。

〜2025年現在
現時点では支払いに応じる姿勢なし

参考:ポーランドの国立記憶研究所(IPN)
Raport o stratach poniesionych przez Polskę w wyniku agresji i okupacji niemieckiej w latach 1939–1945

 

2. ポーランドの戦争被害試算

戦後の損害賠償

ポーランド政府公式報告書 を参照

 ポーランド政府が2022年に公表した戦争被害の総額は、約6兆2,000億ズロチ(当時のレートで約183兆円、記事執筆時点の2025年5月では約236兆円に相当)にのぼります。この試算は、戦争中にドイツによってもたらされた人的・物的損害を、最新の調査をもとに総合的に算出したもので膨大な資料や分析と合わせて公開されました。
 内訳としては、まず約530万人の民間人の死、障害、強制労働などによる人的被害が大きな比重を占めており、これに戦闘や空襲で破壊された都市、住宅、教会、学校、病院といったインフラや公共施設、さらに工場や農地などの生産基盤の損失が含まれます。また、略奪された財産や文化財、美術品などの損害、鉄道・橋・道路といった交通インフラの破壊、そして戦後長期にわたって失われた経済成長の機会損失なども加味されており、単なる物理的破壊にとどまらず、国家全体の被害を多角的に評価したものとなっています。…にしても、すごい額!

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3. 賠償問題は今も国内を分かつテーマ

ドイツの戦後賠償

 ポーランド国民の間で、ドイツに対する戦後賠償請求の是非は、長年にわたり議論の的となってきました。多くのポーランド人にとって、第二次世界大戦で自国が被った被害(約600万人の命の喪失、首都をはじめとする都市の壊滅、経済・文化の破壊)は、今なお深く記憶に刻まれています。
 そのため、「正当な補償がなされていない」という思いは根強く、特に高齢世代や保守系の人々を中心に、賠償請求を「当然の権利」とする声も少なくありません。一方で、若年層やリベラル層には、「今さら請求しても現実的ではなく、むしろドイツとの関係を悪化させ、ポーランドの国際的立場を損なう恐れがある」として、過去よりも未来志向の対話や協力を重視する姿勢も見られます。また、EU内でドイツはポーランドにとって最大の経済パートナーでもあることから、賠償問題を外交カードとして強く打ち出すことに慎重な見方も存在します。つまり、賠償問題は単なる歴史や法律の問題ではなく、世代・政治思想・経済感覚といった多様な価値観が交差する、きわめて繊細な論点でもあるのです。

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4. 数字では測れない補償の現実

ドイツの戦後賠償

 ドイツはポーランドに対して全く補償していないわけではありません。1950年代には、当時の東ドイツが石炭や工業製品などの現物賠償を行っており、2000年代には「記憶・責任・未来財団(EVZ)」を通じて、強制労働の被害者約48万人に対して総額約9億7,500万ユーロ(当時のレートで総額約1,270億円)の一時金が支払われました。
 補償額は、収容環境の過酷さや労働の種類、拘束の有無などに応じて段階的に設定され、強制収容所やゲットーでの労働者には最大7,670ユーロ(約100万円)、工業や農業での強制労働者には最大で2,500〜2,560ユーロ(約32〜33万円)が支給対象とされました。ただし、実際には平均して14万円前後の支給にとどまった例も多く、制度の上限と現実の差には不満の声も上がっています。さらに、多くの高齢被害者が補償開始前にすでに亡くなっていたことや、申請に必要な証明書類の不足、情報が届かなかったことなどから、支給に至らなかったケースも多数ありました。医療・福祉支援も一部展開されましたが、両国間の包括的な賠償協定はいまだ存在しておらず、ポーランド側はこうした補償が「道義的にも金額的にも不十分」と捉えています。

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ちょっと、つぶやいていい?
アイコン ポーランドがドイツに多額の戦後賠償を正式に要求する背景には、歴史的被害の深刻さ、法的な立場の違い、そして政治的な思惑が複雑に絡んでいます。ドイツが第一次大戦後に約200兆円の賠償を92年かけて支払った前例を見れば、今回の請求も非現実とは言い切れません。ただし、それを今の時代にどう扱うかは、ドイツにとっても国際社会にとっても難しい問題…。それでも、ドイツとソ連の両方から十分な賠償を受けていない中、ここまで復興を果たしてきたポーランドには敬意を抱かずにはいられません!
ポーランド経済

 

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