何十回とアウシュヴィッツを訪れた私が思うこと



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【Y・F様へ】 ※個人的なご連絡です
21日にアウシュヴィッツ見学について問い合わせていただいた、イニシャルY・F様へお知らせがあります。記載いただいたメールアドレスに間違いがあるようでエラーメールが返ってきました。再度メールアドレスをご確認の上、メッセージの再送をお願い致します。

 

戦後70年を迎えた2015年から、ますます世界中の多くの人々がアウシュヴィッツへ訪れるようになりました。

私が初めてポーランドを訪れたのはちょうど4年前の学生時代。

それから旅行目的で2度ポーランドに再訪しましたが、初訪問の21歳の時にアウシュヴィッツへ足を運びました。

小学6年生の時、社会の授業でアウシュヴィッツを学んだことは今でも覚えています。死の門の写真が左端にあったことも、人体実験の子どもの写真があったこともしっかり記憶にあります。

そんな私もこちらに移住してからは、アウシュヴィッツにはもう何十回と行ってきました。特別展示の手紙も読んだりと8時間以上滞在したこともありますし、明日も個人的に1人で訪れる予定です。

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アウシュヴィッツⅡ ビルケナウにて

ビルケナウ 位牌が捨てられた池

ビルケナウ 焼失した囚人バラック

アウシュヴィッツⅡ、ビルケナウにて1月25日に撮影した写真です。

アウシュヴィッツがソ連によって解放されたのが1945年1月27日のことですが、まさに72年前の解放日もこのような風景だったに違いありません。

真っ白な雪が大量に降り積もり、池も言われなければ分かりません。

アウシュヴィッツ博物館には、解放前の燃やされている木造バラックの写真が展示してあります。ドイツ軍は証拠隠滅のためにもバッラクを燃やし、焼却炉を爆破し、持ち出せるものや価値のあるものは本国へ移送させる必要がありました。

その写真にはハッキリと雪が写っていますが、広大な敷地にはまだ、この極寒の中で暗い施設に閉じ込められ、生きているという実感もないまま絶望した人々が7000人以上といたのです。

解放時に保護された囚人は、餓死や疲労のため死ぬ寸前でした。

救出後に支給された食糧を一度に食べ過ぎたため亡くなる人もいました。戦後70年の時点では、アウシュヴィッツの生存者は約300人だったそうです。

追悼セレモニー アウシュヴィッツにて

多くのポーランド人が銃殺された死の壁

アウシュヴィッツの訪問者が多いのはやはり旅行シーズンの夏ですが、冬に “あえて” 訪れる個人旅行者もいます。

冬に訪れた方が当時の過酷な環境をよりイメージしやすいのではないか、そのように思われて雪が降りしきる12月〜2月上旬にかけて訪れるのです。

確かに、夏のカラっとした過ごしやすい気温の中、澄みきった青空のもとでアウシュヴィッツを見学するのと、冬の曇った空にたくさん積もった雪の中、震えるような寒さと泥で歩きにくくなったアウシュヴィッツを見学するのでは、感じらることは違うかもしれません。

しかし、「どこまで鮮明に当時の過酷さをイメージ出来るか」が見学する上で最も大切なことではないです。

私達はしょせん、過去の歴史を見て反省する者に過ぎません。そこにどんな特別な感情を抱いたとしても、私達はアウシュヴィッツに収容されていた囚人と同じ気持ちや感情にはなれないのです。

いえ、なりたいと思うでしょうか?

フランス語で書かれた碑文

ビルケナウの奥には巨大な慰霊碑があり、その足元には約20ヵ国の言語で以下のように書かれた碑文があります。
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この場所が永遠に絶望の叫びと人類に対する警告であるように。ここでは、ヨーロッパ各地から約150万人のユダヤ人である男女と子どもがナチスによって殺害された。

アウシュヴィッツ – ビルケナウ 1940 – 1945

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これを読むと、ユダヤ人への偏見がやがて暴力となり、虐殺となり、あの忌まわしいホロコーストに繋がったことに痛みや怒りを感じざるを得ません。

しかし、ユダヤ人絶滅センターという代名詞を持つアウシュヴィッツですが、ここではユダヤ人以外にも多くのポーランド人、ソ連軍の捕虜、ジプシー、他民族が無惨なかたちで亡くなりました。

どうしてもユダヤ人の方が犠牲者が圧倒的に多いため、「ユダヤ人の虐殺」に焦点がいきがちですが、ナチスはポーランド人をはじめとしたスラブ人に対しても差別と虐殺を繰り返しています
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最も重要な課題はポーランドの指導者全員を痛めつけるために彼らを探し出すことだ。ポーランド人の専門家全員を我がナチス・ドイツの軍事産業で利用する。

その後、ポーランド人全員がこの世から消える
(ハイリッヒ・ヒムラー)

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私は公式の英語ツアー、ポーランド語ツアー両方の説明を何度も聞いてきましたが、実は英語とポーランド語では話す内容が少し異なっているように感じます。

英語ツアーでは、イギリス人やアメリカ人といった英語話者の他にやむを得ず英語ツアーに参加する人も混じって見学します。それこそ、中谷さんの日本語ツアーを予約できず、仕方なく英語ツアーに参加する日本人もいるでしょう。

そんな英語ツアーとポーランド語のツアーでは何が違うかというと、それは歴史的事実にどれだけ触れるかという点。

英語ツアーでヴァンゼー会議や東方植民地化計画の話をされても恐らく「?」となる方がほとんどのはず。中谷さんの日本語ツアーや英語ツアーは、当時の歴史に詳しくない人に対しても非常に分かりやすい説明となっています。

また、同じ英語ツアーに参加しても聞くことの出来るエピソードは異なります。だいたいの説明は一致していますが、「これは初めて聞いた」という話が出てくることも珍しくありません。

言語によってガイドの話す内容が若干変わったとしても、最も大事なのはそこで理解すること。配慮のされた型にはまらない説明を聞けるのもアウシュヴィッツのツアーに参加する利点でしょう。

アウシュヴィッツへのメッセージ

他の収容所も訪れましたが、こういった場所で抱く感情が麻痺することは決してないと思います。きっとこの先も。

マイダネク強制収容所 囚人が収容所に到着した日

2016.08.24

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色々とアウシュヴィッツについて調べていると、歴史修正主義者というホロコースト否認者が書いた資料も多く見ることがありました。また、その中でヨーロッパの一部諸国ではホロコーストの否認は犯罪とされていることを知りました。

これについては怪しむ人がいるようですが、私も当初は「否認しただけで逮捕ってちょっとやりすぎでは?」と思っていました。そこで夫に聞いてみたんですよね。おかしくないかって。

そうするとこんな答えが返ってきました。なるほど、と納得しましたよ。
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戦後間もない頃はホロコーストについて否認する人はほとんどいなかったと思う。

でも戦後30年、60年と経過してだんだんナチス・ドイツの犯罪が風化してきているのは事実。それでも今はまだ、わずかに生存者が残っているし、大きな声で「ホロコーストはなかった」なんて言う人はいないだろう。

だけど、これからさらに何十年と時が経って戦争について多くを語れる者がいなくなった時、誰がこの悲劇を最も訴えることができると思う?

これまでの歴史の中で多くの史実が修正されてきたし、現代の研究者によってなかったことにされた出来事もある。だからこそ、誰がこのナチスの犯罪を未来にかけて永遠と語り継ぐんだ、そうなった時、それが最善の方法であるかは別として法律で規制するのが1番確実なんだよ。

 

日本人やポーランド人、ユダヤ人から見たアウシュヴィッツ。

実はかなり違います

それでも絶対に変わらないことは何かというと、ここで起きた事実やナチスの思想です。ただ、その変わらぬ事実を悲観するだけでは成長できません。

その事実を通して何を学んでどう活かすか、それが現代の人への課題です。

ここはガイドの説明を聞いて悲しみに打ちひしがれたり、死者に祈りを捧げたり、ナチスの犯罪を学ぶためだけに博物館として開放されたのではありません。

この歴史を未来への警告として捉え、このような悲劇が二度と起こらないよう自分達に何ができるかを考える場所でもあります。アウシュヴィッツを訪れた時の感情のままストップするのではなく、そこからどのような意識に繋げていくかが大事なのではないでしょうか。

と、少しえらそうに書きましたが、私もアウシュヴィッツへはポーランドに住んでいる限り何度も訪れると思います。

そんな私だからこそ、ブログを通して皆さんに伝えられることがあるかもしれないですよね。また、アウシュヴィッツについての記事を書いていきたいです。
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今日のポーランド語

72. rocznica wyzwolenia Auschwitz

72. rocznica wyzwolenia Auschwitz(シェデム・ジェショント  ドヴァ  ロチュニツァ  ヴェズヴォレニャ  アウシュヴィッツ)は「アウシュヴィッツ解放72周年」という意味です。

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
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2 件のコメント

  • 大滝史郎 より:

    今朝、貴ブログを読んでからアウシュビッツに出掛けました。
    あなたが言うように、二度とこのような歴史を繰り返さないように行動していきたいと思います。

    • Ayaka より:

      大滝様

      ご返信が遅くなり申し訳ありません。
      当記事をアウシュヴィッツへ行かれる前にご覧になられたことを光栄に思います。
      一人ひとりに世界を変える力はないと思われがちですが、そう思っている限りは何も進歩しません。
      ポーランドをよく知る私だからこそ書くことのできる、ポーランドから見たアウシュヴィッツについての記事も書こうと考えています。
      これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

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