ポーランドの興味深い音楽文化を探ってみました



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ショパンに限らず、数々の音楽の天才を生み出してきたポーランド。

当ブログを読まれている方にもショパンファンの方はいるでしょう。今回の記事では、ポーランドの興味深い音楽事情を過去から現代まで幅広く紹介します。
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このページの目次
1. ポーランド人の音楽家
2. ポーランドの音楽教育
3. ポーランドの音楽の歴史
4. 現在の音楽文化
5. この記事のまとめ

 

ポーランド人の音楽家

その中でも

ショパンだけではありません

私は、実はあまりこういったジャンルに詳しくないのですが、調べるとどんどん出てきました。さすがショパンの国。

その中でも世界的に有名な音楽家をここに5人挙げておきます。

ちなみに最後の方で紹介するペンデレツキ氏とは、なんと直接握手をしたことがあります!ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールのお仕事にてお会いしたのですが、あの時のペンデレツキご夫妻の優しい笑顔は忘れられません。

ヴィエニャフスキ・コンクールでのお仕事 前編

2016.10.23
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フレデリックショパン
(1810年〜49年パリで病死)

full_chopin_reprodukcja_east_news_12_770誰もが知るクラシック界の天才の1人といえば、やっぱりショパン。

ピアノの詩人とも呼ばれ、ノクターンやワルツなどクラシックファン以外にもよく知られる名曲を作りあげました。幼い頃から病弱だったショパンは39歳の若さにしてこの世を去りましたが、クラシック界においてこれほど悔やまれる死はないでしょう。

しかし、そんなショパンは幼少期から音楽性だけでなくユーモア性にも溢れた天才だったといいます。なんでも、ものまねの腕は絶品、漫画や似顔絵を書いたりするのも大好きで、数学や理科など興味のない授業を受けていた時は絵を書いてサボっていたんだとか。

そんなショパンですが、もちろんピアニストとしての才能は早くに開花しており、7歳にしてト短調と変口長調の2つのポロネーズを作曲しました。11歳の時には、議会のためにワルシャワに来ていたロシア皇帝アレクサンドル1世臨席のもとピアノを演奏し、褒美としてダイヤモンドの指輪をもらったという逸話まであります。

ちなみにショパンはフランス人の父とポーランド人の母との間に生まれましたが、彼自身のポーランドへの愛国心の強さから彼がポーランド人であることは明白。愛国心を表すために作られた曲の1つには、明るく威厳な「軍隊ポロネーズ」があります。

また、名門ワルシャワ音楽院(現:フレデリック・ショパン音楽アカデミー)の設立者ユゼフ・クサヴェレ・エルスネルはショパンの師です。エルスネルは早くからショパンの才能を見出し、またショパン自身も彼の最初のソナタ作品をエスネルに捧げました。

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イグナツィ・パデレフスキ
(1860年〜1941年NYで客死)

Ignacyピアニストというだけではなく、政治家でもあり外交官であったパデレフスキ。ポーランド人がショパンの次に国を代表する音楽家を挙げる時、必ずと言っていいほど彼の名が出てきます。

12歳にして、ショパンも通ったというワルシャワ音楽院に進学したパデレフスキは当時から注目の的。

音楽院卒業後は音楽の都ウィーンに移り、ウィーン音楽院でさらに腕を磨きました。そしてシュトラウスブルグ音楽院で教鞭を執った後、ウィーンで華々しいデビューを果たします。アメリカや欧州各国で演奏し、彼の演奏は大熱狂を巻き起こしました。

またショパンと同じく愛国心の強かったパデレフスキは、当時他国に占領されていたポーランドを守り抜くために政治家としても大活躍しています。1908年には演奏時間が70分を超える大曲「ポーランド」を発表し、ついにはポーランド首相と外務大臣を兼務するほどの大物となりました。

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ヘンリク・ヴィエニャフスキ
(1835年〜80年モスクワで客死)

koncert-henryka-wieniawskiego知る人ぞ知る、偉大なヴァイオリニスト・作曲家であるヴィエニャフスキもポーランドが生み出した天才です。

8歳でパリ音楽院に入学し、13歳で独立した演奏家になるという異様な出世スピードを果たした彼。それだけでもヴィエニャフスキがどれほどの凄腕音楽家か伝わってきます。

華麗な演奏と驚異的な技巧は各国で注目を浴び、伝説のピアニストともいわれるアントン・ルビンシテインとのアメリカ演奏旅行は彼の名を一気に世界中へと知らしめるきっかけになりました。誰もが聴いたことのある名曲の1つ「華麗なるポロネーズ」は特に難易度が高く、多くのヴァイオリン・コンクールの課題曲としても有名です。

また、弟のユゼフ・ヴィエニャフスキも著名なピアニストであり、かつてはヨーロッパ最高の音楽家の一人と評価されていまいした。10歳で兄と同じくパリ音楽院に進学し、ヨーロッパ演奏旅行では兄弟自作の曲を引っさげて兄との共演を果たしています。

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ボグスワフ・シェッフェル
(1929年〜)

schaeffersulek作曲家、劇作家、画家でもある多才なシェッフェルは「ポーランドの現代音楽の父」とも言われています。

17歳から作曲活動を開始し、総作品は600作越え。また彼の作品には100分を超えるものもあり、大作には「ピッコロヴァイオリンのための主題のない変奏曲」(1993年)「15人の独奏者とオーケストラのための(シンフォニア/コンチェルト)」などがあります。後者は楽譜462ページを要するほどの長い曲ですが、一年足らずで書き上げられました。

44作に及ぶ彼の戯曲は16カ国語に翻訳されており、世界中で広く上演されています。そんなプロの作曲家シェッフェルは欧米各国に作曲の弟子を持ち、多くの若手作曲家を指導してきました。彼らには1週間強で新曲を書き下ろすノルマを課しているとか…。

また「用のない限り、毎日作曲する」と公言しており、1年に20作品以上の新作を生んでいるそうです。

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クシェストフ・ペンデレツキ
(1933年〜)

Penderecki作曲家・指揮者のペンデレツキは、シェッフェルと同じく現代音楽で活躍する音楽家です。ポーランド人ならその名を誰もが聞いたことがあるはず。

ペンデレツキの何がユニークかというと、創作の源泉を宗教であると明言している点でしょう。彼はカトリック教徒であり、作品では宗教的なメッセージの呼びかけを意識した構造を持つものがあります。一時はそのような音楽が減っていましたが、近年ではカトリックの宗教音楽が増えてきました。

また「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(1960年)を作曲しており、彼の代表作の1つとして知られています。フジテレビの「本当にあった怖い話」のBGMにも使われたことがあるので、聞き覚えがある人もいるかもしれません。かなり恐ろしい曲調なので夜の試聴はおすすめしませんが…。

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ポーランドの音楽教育

あ

ご近所さんは音大教授とオペラ歌手…

ポーランドの街を歩いているとたまに見かける、路上のヴァイオリニスト。

学生や大人だけでなく幼い少女がヴァイオリンを持って1人で演奏していたり、そのレベルにも圧倒されます。もしピアノが気軽に持ち運びできる楽器なら路上ピアニストもいたことでしょう…。

夫の実家のご近所さんは音大教授やオペラ歌手と、身近にもプロがいます。

今住んでいる私たちのアパートでもフルートやピアノの演奏がよく聴こえてくるので勝手に癒してもらっていたり…(笑)。親戚も音楽留学している人が数人いるので、やはりポーランドの音楽文化は高いとしか言いようがありません。

 

国内には8つの音楽大学

ショパン音楽アカデミー

ショパン音楽アカデミー in ワルシャワ

音楽大学/音楽院はポーランド語で Akademia Muzyczyna(アカデミア・ムゼチュナ)といい、ワルシャワ、クラクフ、ヴロツワフ、グダニスク、ポズナン、ウッヂ、カトヴィツェ、ビィドゴシチュの8都市にあります。

その中でも、最も伝統的な音楽大学がショパン音楽アカデミー。ショパン自身も1826年から1829年の3年間、このアカデミーで音楽を学びました。

現在は約900名の学生が在籍し、教育の一環として毎週水曜日コンサート活動を行っているそうです。

年間約150名の卒業生を世界の音楽業界に送り出し、日本人の留学生も数人在学。ただし受験資格でポーランド語能力を証明する必要があるため、そういった面でも外国人にとっては超難関です。

また、他の7校もすべてそれなりの名門で、クラクフの音楽アカデミーを除く7校すべてにポーランドを代表する音楽家の名前が付けられています。

例えば、ヴロツワフではヴァイオリニスト・作曲家のカロル・リピンスキ、グダニスクではオペラ作曲家・指揮者のスタニスワフ・モニューシュコ、ポズナンではイグナツィ・パデレフスキなど。

カトヴィツェの音楽大学

カトヴィツェの音楽大学

私が住む街から近いところに、カトヴィツェ音楽大学があります。こちらの音大は、カロル・シマノフスキという作曲家に因んだ名を持ち、ショパン音楽アカデミーに並ぶほどレベルが高いそう

語学学校に通っていた頃、17歳のモンゴル人少女が途中からいきなり入ってきて一緒に勉強していたのですが、そういえば彼女もここの学生でした。

彼女はアジアのショパンコンクールに優勝し、カトヴィツェ音楽大学に4年間の無償留学を与えられポーランドへやってきたのです。夫の実家に招待してピアノを弾いてもらったことがありましたが、あまりの素晴らしさに感動しました!

 

音楽教育のレベルが高い

音楽家

幼い頃から音楽家を目指せる

ポーランドには音楽教育を専門とする音楽小学校があり、その教育は中学校、高校、大学へと続いていきます。

驚くべきことに中学校から音楽専門の学校に進むということは通常できず、小学校からきちんと決められた音楽課程を学んでいないと受験できない仕組みになっているとか。よく考えてみると確かに、6年の差は大きいですからね。

これらの教育機関は一般的な初等・中等・高等教育の学校と区別され、音楽小学校では幼い頃から音楽史、理論、和声を学ぶことになります。しかし小学生の場合、たとえピアノに才能を見せていたとしても幅広い視野を持つために他の楽器にも挑戦しなければなりません。

そして中学に上がる頃、小学校の判定会が児童と親、教師の意見を考慮して専門とする楽器を決めます。

また、ポーランドには他の東欧や西欧にみられない程の評判のいい音楽教育者が揃っており、音楽教育を受けるには絶好の環境ともいえます。入学試験も当然難関、やはり音楽家としてプロになるには狭き門なので競争率が激しいそう。

ちなみに音楽小学校では体格検査なるものがあり、手の骨格のレントゲンを撮影し骨格の発育状態を見ます。

学校は私立もありますが、公立であれば教育費が無償あるいは少額で済むようです。日本とポーランドの音楽教育格差に思わずビックリしてしまいますね。

 

ポーランドの音楽の歴史

こちらについては、歴史カテゴリーということで下の記事にまとめています。

ショパンを生んだ国ポーランドの音楽史を振り返る

2016.11.25

 

現在の音楽文化

昔と事情はだいぶ変わってきました

昔と事情はだいぶ変わってきました

ポーランド人は総じて様々なジャンルの音楽を聴くのが好きです。

10代のポーランド人の40%は毎日3時間も音楽を聴いているとか。私も音楽を聴くのが好きなので、3時間でも4時間でも聴けちゃいますが…。

そんなポーランドのここ20年のヒット100曲は、下記のサイトで試聴できます。ただ夫曰く、80年代の曲も混じっているそうで、すべてがここ20年で発表された曲とは限らないようです。

ぜひ数曲でも聴いてみてください。

 

音楽イベントは盛りだくさん

これを目当てにポーランドへ来る人も

これを目当てにポーランドへ来る人も

ポーランドの音楽といえばショパンに結びつけがちですが、現在のポーランドはロックやパンク、メタル、フォーク系でも熱く盛り上がっています。

ポーランドで有名な音楽フェスティバルを人気順に幾つか挙げましょう。

タイトルは公式ホームページにリンクしています。リンク先で音がでる場合もあるので、ご注意ください。
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1番に紹介しているオレンジフェスは、毎年6月初旬〜中旬の週末に開催されるポーランド最大規模のものです。

この時期のワルシャワは大変混雑するそうなので、旅行者の方はご注意を!

 

クラシックのコンクール

名誉あるコンクールの数々

名誉あるコンクールの数々

先ほど紹介した音楽フェスと同じくらいかそれ以上にクラシックコンサートもあり、そちらも大変人気です。

絶対行きたい!クラクフのコンサート&ショー情報

2016.08.02
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コンサートは挙げるとキリがないので、ポーランドの名誉あるクラシックコンクールを紹介しましょう。以下は、数あるコンクールの中でも国際音楽コンクール世界連盟に加盟しているものです。

タイトルは該当ウィキペディアにリンクしていますが、ヴィエニャフスキのみ私が書いた記事にリンクしています。
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ポロネーズは国民舞踏ダンス

ポーランド人全員踊れます

ポーランド人全員踊れます

ポーランド人は楽器を演奏したり音楽を聴いたりするだけでなく、リズムにのせて踊るのも大好きです。

夫の姉と妹は小さい頃にバレエを習っていたそうですが、妹の方は今やプロのダンサー。姉は、娘にバレエを習わせたいそうです。そういえば、ポーランドにはバレエ教室が多いような?!

しかし、ポーランド人誰もが踊れるダンスというのは高度なテクニックや柔軟さを必要とするバレエではなく、ポーランドの国民舞踏「ポロネーズ」の方です。

photo by

photo by radekfoto

ポロネーズはポーランド特有の舞曲で、同じくよく踊られる庶民的ダンス「マズルカ」よりも貴族的なダンスとして古くから親しまれてきました。

ポロネーズとは、「ポーランド風の」という意味でフランス語です。

ポーランドでは、小学校、中学校、高校、大学と各学校の卒業前に卒業を記念する舞踏会があります。

そこで披露するのがポロネーズ。

学生達は華やかな衣装を身にまとって男女手を取り合い、親や教師が見守る中、堂々と踊ります。舞踏会前は卒業試験と平行して皆練習に励み、特に男子は女子に恥ずかしい姿を見せまいと気合いを入れるのだとか。微笑ましい…。

下にリンクしている動画は、ある高校の卒業舞踏会で撮影されたもの。日本の高校生と比べるととても大人びていて、黒いドレスとスーツがお似合いですね。

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こぼれ話

上の動画は、ポーランドの結婚式のようすにもよく似ています。

結婚式でもポロネーズは必須なので、私も練習しました。こういったことに慣れていなかったので練習中は恥ずかしかったです。ただ練習といっても、こんな私でもすぐマスターできたので難易度は高くありません。リズムにのせて歩くだけでです。いざ本番となると、とても楽しく踊れました!

 

この記事のまとめ

記者カードをいただきました

1週間ぶらさげていました

今年10月にヴィエニャフスキ・コンクールでのお仕事をさせてもらってから、音楽界で活躍している方からメッセージをいただくことが多くなりました。

最初にメッセージをいただいたのは、今年ウッヂで開催された国際室内楽コンクールに審査員として参加されたプロのピアニスト、北島公彦さん。その方はウッヂを訪れたことをきっかけにポーランドが大変気に入ったそうです!

最近では、プロの作曲家として国内外問わず活躍されている小堀暢也さんからメッセージをいただきました。

ポーランドでチャリティのミニコンサートを考えておられるそうで、色々とメールのやり取りをしていましたが、なんとご好意で「ポーランドなびのテーマ」を作曲していただけることになりました!

そうした中で音楽に関する記事を書こうと踏み切ったのですが、実は私、ポーランドの曲はたまたま流れてくるものしか聴いたことがありません。

ショパンの国に住み、クラシックファンの方をご案内することもかなり多いのですが、恥ずかしながらポーランドの音楽史にすらあまり詳しくはないんです。

次の記事で音楽史に触れますが、私にとって知らないことばかりのはず。

ショパンを生んだ国ポーランドの音楽史を振り返る

2016.11.25
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でもこれらの記事を読み、皆さんがポーランドの音楽や文化に興味を持ってもらえるのは喜ばしいことですし、私自身も知識が増して新たな分野を好きになるきっかけになるかもしれません。

現にこちらに来てからクラシックを少しずつ聴くようになりましたし、そちらの方面の方との交流も増えてきました。

photo by Randy OHC

photo by Randy OHC

また、教会へ行くようになって聖歌の美しさに初めて気付きました。ポーランド以前の海外生活でプロテスタントの賛美歌を聞く機会がありましたが、こちらは残念ながら印象に残っていません。

しかし、カトリック教会で聖歌は美しすぎて Youtube でも聴いてしまうくらい…。これは、自分でも意外。

しょっちゅうそういった曲を聴いているわけではありませんが、クラシックや教会の歌を聴いていると心がとても安らぎます。こういった感覚は、ポーランドに来る以前はありませんでした

それでも音楽の世界は深く、まだまだ知らない音ばかり。この記事をきっかけに、またどなたかが私にメッセージを送ってくださるかもしれませんね (o^ ^o)
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今日のポーランド語

szkoła muzyczna

szkoła muzyczna(シュコワ  ムゼチュナ)は「音楽学校」という意味です。

音楽学校はすでに紹介した音楽小学校などとはちがい、普通教育の学校の後に通うもの。日本でいう「お稽古に通う」といった感覚に近いかもしれません。しかしこちらにも私立と公立があり、子どもの頃から音楽家を目指す場合は通常、音楽学校に通いながら音楽教育を受けるのが一般的です。

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
この記事が役立ったら、イイネ!をお願いします。FBページではここには載せていないポーランド最新情報や注目の記事更新情報をお届けします ^^


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