ポーランド移住2年!最初の1年を振り返ってみた



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2年前の今日、私はポーランドに住むためにグリヴィツェにやってきました。

第1回 私が住んでいるグリヴィツェってどんな街?

2015.11.15
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まだ2年前なんですが、あの時のことを思い出すともう5年前の出来事のように感じます。そう思うのは、この2年の間に色んなことがあったという証拠。

初の片道航空券!

初の片道航空券でポーランドへ

こんなにポーランド情報満載のブログを立ち上げて、ポーランド語もひととおり日常会話までは話せるようになり、さらに今年からはガイドを始めたので、他の人からすると「え?まだ2年だったの?」という感じかもしれません。

で、綾香はポーランドで何をやっているの?

2016.03.11
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移住してから今日までの2年、かんたんに振り返ってみようと思います。

 

2014年9月〜11月

飛び立つ前に家族と賑やかに食事

飛び立つ前に家族と賑やかに食事

この日、どんな服を着ていたかも覚えています。しかもこの日に一人暮らしをしていた部屋を引き払いました(笑)。

午前にお父さんに来てもらって荷物を持っていてもらう予定だったんですが、車には入りきらなくてレンタカーを借りに行ったのを覚えています。

相変わらず、ギリギリの行動 (^ ^;)

私が一人暮らししていた部屋

私が一人暮らししていた部屋

この部屋、すごく愛着ありました。

それでもまさか、飛び立つ前日までここで寝るとは思っていなかったです。立ち会いでは何も指摘をされずに済み、ホッとしました。大家さんもこの日がそんな日だと知ったら驚いただろうなぁ。

機内でさっそくカルチャーショック

機内でさっそくカルチャーショック

こちらは、ワルシャワへ向かう機内(エミレーツ)で撮影した写真。

ポーランド人はアルコール好きとは聞いていましたが、夫がコーヒーに17%ものアルコール(コヒーリキュール)を入れていて、ビックリしたのを覚えています。この時まで、コーヒーにそんな飲み方があるなんて知りませんでした。

アルコールは飲まないし、そんなに好きじゃない自分。「この先大丈夫なんだろうか」と思った瞬間でもあります…。

ポーランドはすっかり秋だった

ポーランドはすっかり秋だった

この写真の左側が夫の実家。

最初の8ヶ月間、まだ教会で結婚式を挙げていなかったので、婚約者同士として夫の実家で同居することに。この8ヶ月間は賑やかに楽しく過ごしましたが、やっぱり早く2人で暮らしたかったです。

私たちの国際結婚1〜あまりにも順調だった〜

2015.10.27
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まるっきり違うポーランドでの朝食

まるっきり違うポーランドでの朝食

既に夫の家族とは面識があったので、やや緊張しながらも、思ったより早く打ち解けることができました。

朝食で毎日のように魚を出されて、「みんな、魚が好きなんだね」と夫に言うと「綾香が来る前までは魚なんてあんまり食べてなかったんだよ」と。

ポーランド語での意思疎通がうまくいかず、お義母さんとは一時少しすれ違ったこともあったのですが、家族の方もだいぶ気にかけてくれていたと思います。もう、本当に良い家族なんですよ(泣)。

語学コースで使っていた教科書

語学コースで使っていた教科書

10月からはカトヴィツェ大学の語学コース初級に通い始めました。

結果、行かない日もあったので3ヶ月も通っていません。結局、今身に付けたポーランド語力は、家や図書館で黙々と勉強していたお陰もあると思います。

学校の明るい先生達がいつも「ポーランド語なんて簡単だよ!」と言っていて、それには結構励まされました。

どのポーランド人も「ポーランド語はものすごく難しい」と言いますけどね…。でも本当に先生の言う通り、簡単だと思っていると楽しく学習できます。

 

2014年12月〜翌年春

初めてのポーランドでのクリスマス

初めてのポーランドでのクリスマス

夫の実家での暮らし、ポーランドの文化に触れる機会は多かったです。

クリスマスが近づくと、お母さんが忙しなくご馳走やケーキを焼き始めていたのですが、私はコミュニーケションがうまく取れないことを言い訳にして、なかなか手伝うことができませんでした。

お母さんはとても手際が良いので、言葉があまり通じない私が入ってくると足手まといになると思ってたんですよね。

今も良好な関係ですが、あの時にもっと歩み寄れば良かったと思います。

そう、もう一時帰国しちゃいました

そう、もう一時帰国しちゃいました

12月下旬、年末なのに8万円台のワルシャワ⇆関空の往復航空券を見つけたので、日本へ帰ることにしました。

写真は、確か…書写山です。

たった8泊でしたが、十分に楽しむことができ、心のリフレッシュになりました。こんな感じで、好きなタイミングで日本に帰れたらいいなぁと今でも思うのですが、それはもちろん難しいです。

でもこの時に、うまく夫と帰ることが出来て本当に良かったです。

今は月に一度ケンカするかしないかといった感じですが(ほとんどは私が一方的に怒っているだけ)、この時はポーランド語がうまく話せない上に近くで支えてくれる友人もいなかったので、とてもストレスを感じていました。

数ヶ月間お世話になった大学

語学コースで通っていたカトヴィツェ大学

帰国後すぐに語学コースが修了し、次は住んでいる街の語学学校のプライベートレッスンに通うことになりました。

このレッスンは合計144時間で6月初旬に終わったのですが、プライベートレッスンだけあって飛躍的に会話力が伸び、この時からポーランド語で話すことが楽しくなってきた気がします。

レッスンが修了する頃には、先生にこんなメッセージを書けるまで成長。

これはメッセージと言えるのか?!

これはメッセージと言えるのか?!

話はちょっと逸れますが、本当に私の字って印刷っぽいですね(笑)。

昔からノートを見せると、「これ印刷でしょ?」「字がぜんぶ同じ!」と驚かれたりして、「いやいや、印刷なわけないじゃん」と思っていましたが、今こうやって見ると印刷に見えます。

結婚式の招待カードの準備

結婚式に向けて、招待状の準備

さて、そろそろ私たちの教会での結婚式が間近に近づいて来た3月。

夫がデザインした招待状は、なんと浮世絵が表紙でした。ちなみに、引き出物?の自家製ウォッカにも同じ浮世絵のラベルを貼りました。そして、ウォッカの名前は狙った通りに “HANAMI”です。

別に私やピオトルが浮世絵好きというわけでもないのですが…。

でも、4月に式を挙げるので「桜」を表紙にしたいと思っていたら、彼が浮世絵をチョイスしてきたのでした。

 

2015年4月

復活祭での賑やかな食卓

復活祭での賑やかな食卓

4月は、大イベントが重なりました。洗礼式、復活祭、そして結婚式です。

この写真の前夜に私はカトリックしての洗礼を授かるのですが、それも人生の中では結構大きなイベントです。多くの人に祝福してもらいました。

復活祭・イースターってなに?徹底解説!

2016.03.26

成人洗礼を受け、結婚するまでの一連の流れ 前編

2015.11.06
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私たちの教会での結婚式

私たちの教会での結婚式

4月25日(土)、私たちはついに教会で結婚式を挙げました!

この日から、教会で偶然結婚式を見たり、アベ・マリアを聞いたりすると感動するようになりました!自分の時とついつい重ねてしまうんですよね。

疲れるけど楽しい!ポーランドの結婚式10の特徴

2016.07.02
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とても素晴らしかった結婚式、夫の家族の多大なる協力なしではありえなかったです。結婚式はグリヴィツェの大聖堂、披露宴はカスプシュイック家の伝統ということで古城で行いました。

義母手作りのウェディングケーキ

義母手作りのウェディングケーキ

日本のウェディングケーキはすごく大きいので、「え?こんなに小さいの?!」と驚く方もいるかもしれません。

ポーランドでもレストランに頼んで大きめのケーキを作ってもらうカップルもいますが(それでも日本のよりはずっと小さい)、この大きさでもちゃんとみんなの分がありました。

ちなみに、結婚式に呼んだのは80人くらい(夫の親戚や友人だけ)で、披露宴に来たのは内50人ほどです。

ケーキだけではなく、結婚式の菓子類はぜんぶお母さんの手作りでした。

これまで長く実家にお世話になり、結婚式もほとんど面倒を見てもらって、どう感謝を表せばいいかも分かりません。

お礼に夫婦でのプラハ旅行をプレゼントしたのですが、お小遣いとして渡したお金はあとで全部返ってきました (^ ^;)

結婚式の翌日にローマへ

結婚式の翌日にローマへ飛び立つ…

ハネムーンはイタリアとマルタ。

南欧だから半袖でも過ごせるかと思いきや、そうでもありませんでした。イタリアはこれで3回目でしたが、首都ローマは初めて。サンピエトロ大聖堂の塔は、もう上りたくないなぁ。。。

マルタでは海の側でぬめぬめした海藻に足を滑らせ、かなり派手に転んだのも今では笑える思い出(笑)。その日1日はとても不機嫌でしたが、総合的には楽しい新婚旅行だったと思います。

でもマルタはもうお腹いっぱい!

 

2015年5月〜9月

枕のパッケージがめちゃくちゃ怖い

枕のパッケージがめちゃくちゃ怖い

新婚旅行から帰ってすぐ新居に住むはずが、出遅れて7月から住むことに。

上の写真は5月に撮影したもの。枕がパッケージに入っている時点で生活感ゼロです。ベッドも洗濯機もなく、週3日は新居を掃除しに行っていました。

いつ完成?新居のリフォームがまだ始まらない

2015.11.10
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国内の色んな場所に出掛けました

国内の色んな場所に出掛けました

トルンで見つけた面白い絵

トルンで見つけた面白い絵

プライベートレッスンは6月初旬で修了し、「やることがないなぁ」と頻繁にどこかへ出掛けていました。暇人。

イギリスにも行ったし、国内ではヴロツワフ、トルン、グダニスクと他にも小さな町へたくさん足を運びました。写真上はクラクフの中央広場ですが、やっぱりここの街並が一番落ち着くかも…。

夏は住んでいる街で仲良くしてもらっている駐在員の奥さん達と3人で旅行し、久しぶりの日本語に溢れた環境。

今年も行きたかったのですが、忙しくて参加できませんでした。でも奥さん同士のティータイムは癒しの時間なので、月に一度は会うようにしています♪
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やっとお菓子を焼けるようになった1年目

やっとお菓子を焼くようになった1年目

と、こんな感じで1年目は無事に過ぎ去っていきました。2年目に興味のある方は、ぜひ続編もお読みください!

1年目とまるっきり違う2年目も振り返ってみた

2016.09.20
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今日のポーランド語

pałeczki do uszu

pałeczki do uszu(パウェチュキ  ド  ウシュ)は、「綿棒」のことです。

夫はこの言葉自体を知らなかったそうで、「じゃあ今まで綿棒のことを何と言ってたの?」と聞くと「……」と返ってきました(笑)。ちなみに、pałeczki だけだと「お箸」を指します。

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
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