なぜキリスト教徒はイエスを信じるのか 前編



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キリスト教は世界総人口の3割を占める信仰者を持つ、世界三大宗教の一つ。

日本での信仰者数はわずか1%未満ですが、欧米を中心として南米やアフリカなど世界中にキリスト教徒がいます。

カトリック教会の祭典

カトリック教会の祭典

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なぜこれほどまで多くの人がイエスを信じているのでしょうか。
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この答えをうまく説明できるキリスト教徒はあまりいません。キリスト教にほぼ無縁ともいえる人たちに神の愛や恵みとか、イエスを信じている今の自分の充実さを語ってもらってもこの疑問は解決しないのです。かつての私がそうでした。

そこで今回は、私なりのこのテーマの答えを紹介したいと思います。

補足説明
この記事は布教する目的で書いたのではありません。もちろんキリスト教徒が増えるのは喜ばしいことですが、「だからイエスを信じなさい」と言いたいのではなく「だからキリスト教徒はイエスを信じている」ということを伝えるために書いています。

 

このページの目次
1. キリスト教の概要
2. 三位一体
3. 神は信じざるを得ない
4. 旧・新訳聖書の教え
5. アダムとイブの話

 

キリスト教の概要

イエス・キリスト

イエス・キリスト

まずはキリスト教がどういった宗教であるのか理解しておく必要があります。基本的な概要を説明しましょう。

 

イエス・キリストという名

イエス・キリストを神の子と認め、死後の復活と楽園=天国を信じる宗教をキリスト教といいます。

イエス・キリストという呼び方ですが、イエスの時代には名字がなく、当時は、ナザレのイエスと呼ばれていました。

ナザレとはイエスが育った町の名前でイスラエルに今も実在する都市です。

キリストは “救い主” という意味。

イエスは名前にあたりますが、これにも “救い” といった意味があります。

ナザレ

現在のナザレ

 

神の子イエスの母は?

“神の子” といわれると天高きところにともに神と呼ばれる父と母がいて、その両親から生まれた子がイエス・キリストなのか、と思うかもしれません。

 

が、これは 違います。

イエスには父なる神はいますが、母なる神はいないからです。母なくして子は生まれませんから、皆さんは当然おかしいと感じられるでしょう。

しかし、父なる神 の「父」はあくまでも比喩なので文字通りに捉えてはいけません。神には性別などないからです。

それでも父と呼ぶ理由ですが、父は古代から家庭の権力者というイメージがありました。そこで分かりやすく、神=権力者=(身近な言葉として)父と表現したのだと考えられます。

今でこそ男女平等が謳われますが、昔の女性の立場といったら随分と低いもので人数の内にも含まれないほどでした。

つまり、女性は権力がないに等しかったので母なる神と言うことは出来なかったのでしょう。聖書でも女性を除いて人数を数えている場面がよく見られますが、これは神による差別ではなくそういった文化によるものです。

 

話を戻しましょう。

イエスは神の子といっても、人であるならば母から生まれる必要があります。

聖母マリアの像

聖母マリアの像

そこで神は当時ヨセフという男性と婚約関係にあった、敬虔なユダヤ教徒のマリアを母として選びました。ユダヤ教徒は婚前交渉禁止なので、マリアは処女のまま妊娠したということになります。

ここで常識的に考えると処女が妊娠するはずはないのですが、マリアは聖霊 (後述)の力によって子を宿したと聖書に記してあります。私たちはこの時点で、神の子イエスが生まれたことと人や動物が生まれることはまったく違う事象であることに気付かねばなりません。
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神が成し遂げられることは概して人には成し遂げることができないのです。
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これはキリスト教における神に限ったことではなく、神という概念を持つすべての宗教に言えることでしょう。

ユダヤ教とキリスト教

world-religion-1099860_640イエスはユダヤ教徒として神の教えを説いていました。キリスト教とユダヤ教の違いは平たく言えば、イエスを救世主として信じるか信じないか。ユダヤ教とキリスト教で崇められる「父」は同一の神です。

聖書と救世主に関しては後編で詳しく解説していますが、イエスは、救世主を待つユダヤ教を完成させるために人として生まれました。

しかし、ユダヤ教徒の中でもイエスを救世主として認めない者がいたためにユダヤ教から分離してキリスト教というものが新たに出来たのです。また、ユダヤ教はイエスの存在と彼が不思議な力を持っていたことは認めているのでこれもイエスが実在したという証拠の1つと言えるでしょう。

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三位一体

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さて、キリスト教には三位一体という教義がありますが、これはキリスト教の根本的部分です。ここに意義を唱える者はすべて異端と呼ばれるほど。

よって、最も理解したいところですが、最も難解であるとも言われています。

 

主と子と聖霊

三位一体とは、唯一の父と子と聖霊の三つを神として考えること。

The Father…父(主)
The Son…イエス(子)
The Holy Spirit…聖霊

父は主であり、イエスが生まれる以前から存在しています。子は文字通り、主の御子であるイエスのこと。

聖霊は神の息吹、力です。
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聖霊のイメージ

聖霊のイメージ

聖霊は常に父なる神と御子イエスとともに働いており、旧約聖書においては天地を創造したのも預言を人に告げたのも主とありますが、これらはすべて聖霊を通して成されました。

聖霊は主のように見えない存在でありながらも人格を有するので、具体的に想像するのは難しいです。上の絵を見てもあまりピンと来ませんよね。

風や気持ちを絵として表現することが難しいように、聖霊もイメージとしてしか描くことは出来ません。
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また、イエスは聖霊について生前にこのようなことを述べています。

マルコによる福音書3-28 
あなた方によく言っておく。人の子らが犯すすべての罪と、神に対する冒涜は、ことごとく赦(ゆる)される。しかし、聖霊に対して冒涜の言葉を口にする者は、永遠に赦しが得られず、永遠に罪の責めを負う。

 

唯一の父、主、神、イエス…。

これらの言葉は聖書においてもよく見られ、教会でもよく聞かれる三位一体を表す言葉ですが、”聖霊” という言葉はあまり頻繁にはでてきません。

そのためキリスト教徒でも聖霊を誤解して捉えている人が多いようですが、イエスがこう仰せになるほどの聖霊。

この聖書の箇所だけでも、いかに尊い存在なのか十分伝わってきます。
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ちなみにイエスはマリアという一人の女性から生まれたので人間でもあります。しかし、半分神で半分人といったものではなく、イエスは神であると同時に人でもあると捉えておいてください。

 

神は信じざるを得ない

上記を読んでも、キリスト教徒がイエスを信じる根本的な理由はまだ見えてこないはず。ここからがやっと本題です。

 

神はいない=非科学的

ただ本題に触れる前に(特にキリスト教の神について触れる前に)、一般論として、この世を支配する者(神)はいると信じた方がよっぽど合理的であるという事実を伝えておきましょう。

なぜならこの地球の限りなく恵まれた環境は、まさに生物を生かすためだけに造られたものとしか思えないからです。
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科学を徹底的に研究すればするほど、科学は無神論というものを取り除いてしまうと、私は信じている 
英物理学者ケルビン

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あの誰もが知る天才エジソンやニュートンもノーベル賞受賞者アーサー・コンプトンも進化論を唱えたダーウィンも量子論創始者のプランクも天文学者コペルニクスも皆、口を揃えて「神の存在は認めざるを得ない」と断言しています。

私はカトリックになる前からこれらの著名人を知っていましたが、ダーウィンまでもが神を信じていたのにはビックリでした。科学的には、むしろ神はいないと断言する方が非科学的なのです。

 

ここからはその科学的事実を踏まえた上で読み進めてください。

 

旧・新約聖書の教え

キリスト教を理解するには、教典である旧約聖書と新約聖書の内容を知っておかなければいけません。

 

旧約聖書と新約聖書

この旧約聖書と新約聖書の2つを合わせたものを一般的に聖書と呼び、神の啓示を受けた人々やイエスの弟子によって長い年月を経てまとめられました。

聖書は旧約聖書の創世記という宇宙の創造物語から始まっており、最後は新約聖書のヨハネの黙示録という、地上における人類最後の預言で終わっています。

 

天地創造

天地創造

創世記によると、人類はもちろん太陽も月もすべて神によって意図的に造られました(天地創造)。人は主によって神のかたちに似せて造られたものであり、あらゆる生物の1番最後にそのすべてを治める者として創造されています。

 

人はどうやって造られたか

主は、まず最初に土の塵(ちり)で男を造られました。実は、驚くべきことに人間は本当に土にある元素と同じ要素で構成されていることが分かっています。

そして次に男の助け手として、男のあばら骨を取って女が造られました。これは、挿し木と同じような原理。

しかも男の次に女が造られたということも極めて自然です。

というのも、遺伝子的に見ると男性と女性の違いは性染色体の違いでしかありません。男女は共に23組46本の染色体があり、22組まではまったく同じですが、23本目の染色体の違いが性別を決定しています。男性はXとY、女性はXX。つまり男性の持つYが欠け、代わりにXをコピーしたのが女性ということ。

男の次に女が造られたというのは非常に理論的なのです。
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しかし、これについては偶然の一致と解釈してもらっても構いません。一般人が科学と宗教を結びつけると訳が分からない主張になりがちですから。

ただ私たちはビッグバンも進化論も当然のように受け入れていますが、所詮は数ある説の中で最も納得しやすいものをインプットしているだけに過ぎません。

私自身もダーウィンの進化論がずっと頭の中にあったので創世記は少々無理のある話だとずっと思っていました。聖書を読み進めていくと矛盾を感じることがありますが、これは私たちの思い込みによる違和感も多いのです。

 

旧約聖書 創世記1-31〜2-3 
神はご自分がお造りになったすべてのものをご覧になった。それは極めて善かった。そして夕べとなり、朝となり、六日目が過ぎた。こうして、天と地と万物は完成した。神は行われていたその業を七日目に完成された。〜神はすべての想像の業を七日目に休まれたので、その日を祝福して聖なる日とされた。

 

さて、こうして男と女を造られすべてを善しとされた神は七日目を祝福の日と定め、ようやく休みました。

キリスト教徒の間ではこれが一週間は七日間であり最後の日曜日が休日(安息日)となる理由だとしています。このため、キリスト教徒は聖なる日である日曜日に働くことはありません

もし日曜日に働かざるを得ない場合、必ず他の日を安息日として定めます。

 

人が犯した大きな罪

ところで神は、人を愛するが故に最初は不老不死の身として男と女を造られ、楽園に住まわせていました。

死がなければ死後の復活も必要ありません。本当はそのままであるべきです。

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アダムとイブが犯した罪

アダムとイブが犯した罪

しかし、人が重大な罪を犯してしまった(後述:アダムとイブ)ため、神からの罰として死が与えられました。

そして同時に女には産みの苦しみが与えられ、男は一生苦労して額に汗をかきながら糧を得るようにと楽園から追放されてしまったのです。

このように神の怒りを買った男と女ですが、それでも神はやはり人を愛しており、イエスの誕生以後は神の教えに従って生きた相応しい者だけが死後復活し、楽園へ行けると約束をされました。

その “神の教え” が書かれたものがキリスト教の教典、聖書というわけです。

 

仕打ちがひどすぎるのでは?

ここで「なるほど、だからキリスト教徒は聖書の教えに従うのか」と思う人もようやく出てくると思います。

でもよく考えると、ちょっと腑に落ちない部分が見えてくるかもしれません。
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勝手に人を造って、罰を与えられる可能性をつくっておいて、しかもそれを破ってしまっただけで死に追いやるなんてあんまりじゃないか。

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ここまで反抗的な感情ではありませんでしたが、少なくとも私もそう思っていたときがありました。

しかし、人として生まれなかった方が幸せだったのか、自分は存在しない方がよかったのか、罰を破れないほどの束縛の上で生きていて満足なのか、

それならば善悪のどちらかを選べる環境でなるべく良い方に努力して生きる方が生き甲斐があるのではないか

と今は思います。

 

※ヨハネの黙示録については人類終末の話なので、ここで説明してしまうと非キリスト教徒に対しての脅しでしかありません。もし興味があれば、ご自身で調べてもらえればと思います。

 

アダムとイブの話

4の項目で触れた「アダムとイブ」の物語をウィキペディアから抜粋しました。
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アダムとイブ

MalJordaens旧約聖書:創世記によると、アダムの創造後、実のなる植物が創造された。アダムはエデンの園に置かれるが、そこにはあらゆる種類の木があり、その中央には命の木と善悪の知識の木と呼ばれる2本の木があった。それらの木は全て食用に適した実をならせたが、主なる神はアダムに対し善悪の知識の実だけは食べてはならないと命令した。その後、女(エバ)が創造される。蛇が女に近付き、善悪の知識の木の実を食べるよう唆す。女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧めた。

実を食べた2人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で 腰を覆ったという。 この結果、蛇は腹這いの生物となり、女は妊娠と出産の苦痛が増し、また、地(アダム)が呪われることによって、額に汗して働かなければ食料を手に出来ないほど、地の実りが減少することを主なる神は言い渡す。アダムが女をエバと名付けたのはその後のことであり、主なる神は命の木の実をも食べることを恐れ、彼らに衣を与えると、2人を園から追放する。

命の木を守るため、主なる神はエデンの東にケルビムときらめいて回転する剣の炎を置いた。―Wikipedia

 

後編では教典である聖書の内容に注目しながら解説していきます。

なぜキリスト教徒はイエスを信じるのか 後編

2015.10.31

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
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2 件のコメント

  • クタビレッチドツカレンスキー より:

    この様子だと冬寒いのでしょうね?「連帯」とか「アウシュビッツ」しか知りませんでした。どんな感覚で考え方で行動するのか?このページで勉強してみたくなりました。一度パックツアーで行ってみたくなりました。東ヨーロッパは素朴とか農業国というイメージもあります。

    • Ayaka より:

      クタビレッチドツカレンスキー様

      コメントありがとうございます。
      最近のポーランドは2週間少し前までは猛暑のようでしたが、すっかり秋になってしまいました。
      とは言っても、木にはまだ緑の葉っぱが生い茂っています。
      こんな感じでは冬が思いやられますが、また暫く経つと暖かくなってくるのかもしれません。
      ポーランドの冬はもちろん寒いですが、観光客が減り、落ち着いて観光できるシーズンでもあります。
      ぜひ、ご旅行をご検討ください。

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