私たちの国際結婚1〜あまりにも順調だった〜



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ー”どこで出会ったの?“、”なんで結婚したの?“… 国際結婚と言うと1番よく聞かれるところ。そこで、私たちのなれそめを紹介することにしました (^o^)
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さて、国際結婚といえば、なんだかハードルが高そうなイメージですよね。

私はそうでした。

最近見ていませんが、外国人と結婚した日本人を紹介する番組などでよくあるパターンがこの2つ。
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頑固親父
わしは認めんぞ!結婚するなら二度とうちに帰ってくるな!
某夫婦
とても長い交際期間を経て、ようやくゴールインしました。
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でも自分たちの場合は案外、すんなりと結婚してしまったのです。

交際期間は3ヶ月、初めて出会ってから婚姻届を出すまではたったの8ヶ月。ただし正式な夫婦となったのは、それからさらに9ヶ月後のことでした。

結婚式のようす

私たちの結婚式の一場面

 

パンダ
そんなに交際期間、短くて本当に大丈夫?どうせ数年後に国際離婚とかするんじゃないの?
ていうか、婚姻届出したら、もう”正式な夫婦”でしょ。
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と、突っ込みどころもありますが、そこには国際結婚ならではの複雑な事情があります。幸い家族からの反対もなく多くの友人に祝福された私たちでしたが、当然心配の声もありました。

上のパンダ口調とまではいかないものの「国際結婚の離婚率知ってる?」「ハーグ条約知ってる?」などなど…。

ハーグ条約
ハーグ条約は、国境を越えた子どもの不法な連れ去りや留置をめぐる紛争に対応するための国際的な枠組みとして、子どもを元の居住国に返還するための手続や国境を越えた親子の面会交流の実現のための締約国間の協力等について定めた条約です。日本人と外国人の間の国際結婚・離婚に伴う子どもの連れ去り等に限らず,日本人同士の場合も対象となります。
外務省 “ハーグ条約”

まぁそれはともかく、私たちが出会ってから夫婦になるまでのなれそめをかんたんに紹介しましょう (o^ ^o)

 

出会ったきっかけは…

彼と出会った頃の私は22歳。大阪で一人暮らしをしながら、梅田にある外語専門学校に通っていました。

彼の方はというと当時28歳。日本に訪れるのは3回目。建築家で熱心な安藤忠雄ファンであり、また電車や新幹線が好きな彼にとって日本は海外で1番のお気に入りだったみたいです。

でも最初に訪れた理由は “ロスト イン トランスレーション” という、東京を舞台としたアメリカ映画を見て「東京に行ってみたい!」と思ったからだそう。

ロスト イン トランスレーション

MPW-11609東京を舞台に、倦怠期のハリウッド・スターと、孤独な若いアメリカ人妻の淡い出会いと別れを描く。2003年最大のダークホース映画といわれ、ソフィア・コッポラは一躍アメリカで最も注目される新鋭若手監督になった。コッポラ自身が若いころ日本に滞在しており、その体験をもとにした半自伝的作品と告白している。― Wikipedia

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そんな私たちが出会ったきかっけは、私のボランティア活動でした。

外語専門学校に通っていただけあって外国人交流も盛んだった私は、外国人観光客に大阪を案内したり、留学生に日本語を教えたりしていたんです。
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そうした中、「明後日大阪へ行くから観光案内をしてほしい」と彼が連絡してきたのは2013年秋のこと。

普段は初対面の人に会うとなると友人も誘っていたのですが、彼がいっしょに観光したいと言ってきたのはかなり急だったため、その時は1対1で会うことにしました。特に警戒はしなかったです。

事前のメールのやり取りで、私が既にポーランドへ2回も訪れ、しかも3回目のポーランド旅行まで計画していることを知った彼は「これはもうこの子に会うしかない!」と思ったんだとか。

 

2013年11月

大阪に2泊していた初対面の彼を数時間観光案内→夕食として、親子丼を作る(これで彼の胃袋を掴んだらしい)→ポーランドと日本についてお互い語る→5時間ほどともにし、別れる(彼はその1週間後くらいにポーランドへ帰国)

 

2013年12月

コーカサス地方をメインとして春休み一人旅を計画していた私に、彼が突然「いっしょにコーカサス行かない?」とメールをしてくる(コーカサスに行くことは彼に既に話していた)→「一人旅なのに…」と思いつつ、まさか1日中いっしょに行動するわけがないと渋々承諾

コーカサス地方 グルジア

コーカサス地方 グルジア

コーカサス
コーカサスはヨーグルトで有名なあのカスピ海と黒海に挟まれた地域。コーカサス地方とは、グルジア(英語ではジョージアという)、アルメニア、アゼルバイジャンの3ヵ国を指します。

caucase

 

2014年02月

グルジアのトビリシ空港で再会→同じホステルの別の部屋にいる時を除いて、まる5日間ともに行動(朝から晩までいっしょにいるなんて想定外)→保護者のように別行動を避ける彼に嫌気がさす→彼がポーランドへ戻り、ひと安心

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この時、彼のことはちょっと鬱陶しいとまで思っていました…。

旅中は色々と助けてくれたり、コーカサスでアジア人女性なんて目立つから危ないと守ろうとしてくれていたみたいなんですが、当時の私には余計なお節介。

しかも徒歩3分のスーパーに一人で行っただけでも「なんで教えてくれないんだ!」と言われる始末。

一人旅に慣れていたので常に誰かが横にいるというのは落ち着かず、結構ストレスがたまっていたんです。

そういったわけで彼と一旦離れた時は「やっと自由になれる!」と喜んでいる自分がいました(笑)。

 

2014年03月

この旅ではポーランド旅行も兼ねていたので、彼が実家へ招待→家族からすごく歓迎される→彼とは、ちょっとロマンチックな展開に→明確な記念日はないが、日本に帰国した数日後、彼がメールで告白→3月下旬から交際スタート

かわいい子どもたち♡

かわいい子どもたち♡

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2014年04月

「メールで告白されてもなぁ」と言っていると、突然「日本行きの2週間滞在できる航空券を買った」と報告される

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3月に卒業した私は、ちょうどこの頃に派遣を通して職が決まりました。

元々は正社員になるための就職活動もしていたのですが「数年したら辞めるだろう」と思っていたので、最終的にはこれまでバイトでお世話になっていた派遣会社を通して働かせてもらうことにしたんです。この後の展開からしても、派遣社員の選択は正解でした!

 

2014年05月

親に結婚したい相手がいることを報告→びっくりされるも反対されず(でも快く賛成してくれているわけでもなかった)→GW中にやってきた彼に、六甲山にて婚約指輪とともにプロポーズされる

 

2013年07月

2年後に結婚するつもりがどんどん短くなり、最終的には7月に再来日した彼とついに婚姻届を提出→家族と初顔合わせ→みんな彼のことをかなり気に入る→もう婚姻届出した後だけど、結婚快諾→彼「じゃあ、9月に迎えにいくね!

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元から彼とは結婚前提で付き合っていたので、いつ結婚しようかといった話題は常にありました。

そして、彼が私を養う上でポーランドに住むことはほぼ決定だったので、私はそれまでの間貯金を頑張ることに。

当時のお給料は派遣社員だけあって結構良く、手取りだけでもポーランドの平均収入の3倍。彼にも十分貯金があったようですが、自分が日本人である以上は一時帰国もするでしょうし、貯金が多いのに越したことはありません。

まあ結局、半年も働かずにポーランドへ行ってしまいましたが… (^‐^)♪

 

2014年09月

私がポーランドへ越してくるということで、彼がまた日本へやって来る→その3日後、最初で最後であろう片道航空券でいっしょにポーランドへ飛び立つ

初の片道航空券!

初の片道航空券!

てっきり私一人でポーランドへ行くものだと思っていると、彼は「ポーランドに暮らすという大きな決断をしてくれたんだから、せめて迎えに行きたい」と自身の航空券も買ってしまいました。

ふつうなら「なんて優しい人なの!」と感動するところかもしれませんが、「ひいいい!航空券代がもったいないからやめて!」と思った私はダメな彼女だったのかもしれません。笑

 

2014年9月〜翌年4月

彼の実家で同居生活(計6人)スタート。宗教上、教会で結婚式を挙げるまで夫婦ではないという見方をされていたので、あくまで婚約者としていっしょに暮らす→翌年3月に新居を購入→4月にカトリック教徒として洗礼を授かる→4月25日に教会で結婚式を挙げる

 

2015年5月〜10月現在

ハネムーンから帰ってきた後もまだ同居生活をだらだらと続ける→7月の頭からやっと新居で新婚生活を始める→今ここ(2015年10月)

まだリフォームが終わらない

まだリフォームが終わらない

 

と、こんな感じです。

ともかく、
ここまで読んだ方はおそらく、

 

それにしても
早すぎるだろう

と思っているのではないでしょうか。

ですよねぇ…。しかし交際期間が短かった理由はなんとも単純。お互い結婚前提で付き合っているのに何年も交際できるほど我慢強くなかったからです。

また、互いの両親が反対しているわけでもなく私自身も若干もめながら仕事をすぐ辞められ、彼にも結婚できるだけの十分な貯蓄はあったのでわざわざ遠距離恋愛をする理由はありませんでした。

 

六甲山でのプロポーズ

六甲山でのプロポーズ

彼のどこが好きで付き合ったのか、

というと、好きになったも何も彼の強引さにやられていつの間にか付き合っていたという感覚です。だから付き合った日とかまったく覚えていません。

私が他の男性と付き合ってしまう前に!と、やや無理があると自覚しながらも告白したそう。でも私も彼と色んな話をしていく内に「あれ、この人と結婚するっぽい」と感じ始めました。
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しかも彼と付き合う前の私は、こんなことまでアルバムに書いていたんです。

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IMG_73133rd time visiting Poland, lovely as ever. Now, I have a big family in Poland! This experience was absolutely special in this trip. Thanks a million, see you in the summer.
(意訳)3回目のポーランド、相変わらず可愛らしい国でした。今、私にはポーランドに大家族がいます!この経験はこの旅の中でもかなり特別なものでした。本当にありがとう。また夏に会いましょう。(FBのアルバム)
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IMG_7313

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これには自分で書いておきながらビックリ。まさに予言です。

当時は恋心などなく、彼の家族も含め素晴らしいポーランド人たちに出会ったと満足していただけに過ぎません。

それくらい素敵な家族で、また会おうと約束したから “家族” というジョークで親しみを表現しました。まさか本当に家族(まだ書類上の家族でしたが)として、夏からは少しズレたものの年内に再会するとは誰もが想像もしなかったはず。
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確かに滞在中はロマンチックな展開もありましたが、彼はドキドキしていても私がドキドキすることはなかったくらいです。いや、私が鈍感でした。

本当に人生はどう転ぶか分かりませんよね。もう今では新婚さんですよ。

 

以上が私たちのなれそめです。

でも、ここでは1番の大きな問題について触れていません。そのことについては続編でお話ししましょう^^

私たちの国際結婚2 〜ちょっとした問題〜

2015.10.28

 

最後までお読み頂きありがとうございます☆
あやか
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